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第1特集
1960年代の純愛曲も、80年代の不倫の歌も――

“男と女”の「デュエット曲」は消えていくのか? そのジェンダー的背景

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――日本全国のスナックやカラオケでその場を盛り上げてきた、男と女の「デュエット曲」。しかし、ジェンダー平等が進む現代において、その男女二元論的な世界観は崩壊の危機にある? デュエット曲の歴史と未来を、ジェンダーの観点から読み解く。

音楽には、⼈に恋愛を促す不思議なパワーがある。青いスペードと赤いハートの歌詞をなぞり、歌で絡み合う男と女――日野美歌・葵司朗『男と女のラブゲーム』(1986年)ではないが、恋だの愛だのをテーマに歌った男女デュエット曲のマジックは、場末のカラオケやスナックでも例外なく発動し、微妙な距離感を保ったままの男⼥に恋せよと迫る。当然、⼈が歌でかけ合う(ユニゾンする、ハモる)ことは、2人の声が旋律線で⼆重らせんを描く艶やかな⾏為だ。

だが、性別規範でガチガチのデュエット曲は、ジェンダー平等の進む現代では消えゆくカルチャーなのか?

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純愛路線の名曲多し? 往年のデュエットの名曲といえば、石原裕次郎と牧村旬子の『銀座の恋の物語』(61)。日活の同名映画の主題歌でもありました。(絵/藤本康生)

これを検証する前に、まず各年代の代表的なデュエット曲をさらっていこう。まず、1950年代にはフランク永井と松尾和子の『東京ナイト・クラブ』(59)、60年代には石原裕次郎と牧村旬子『銀座の恋の物語』(61)が一世を風靡した。70年代には、ロス・インディオス&シルヴィア『別れても好きな人』(79)がリリース。

80年代は歌謡曲全盛、男女デュエット曲も黄金期を迎え、もとは胃腸薬のCMソングで文字通り男女の駆け引きを歌った『男と女のラブゲーム』や、ヒロシ&キーボー『3年目の浮気』(82)、木の実ナナと五木ひろし『居酒屋』(同)などが日本全国のスナックで人気を博した。そして90年代には、ポップでキャッチーな曲調の鈴木雅之と菊池桃子『渋谷で5時』(93)、Little Kiss(工藤静香と石橋貴明)『A.S.A.P.』(97)などが生まれている。今なおカラオケで歌い継がれる往年の名曲は枚挙にいとまがない。

ほかにも名曲はたくさんあるが、今号の特集テーマに合わせ、男女の恋愛(に準ずるもの)を歌ったデュエットを取り上げる。『どうにもとまらない歌謡曲 七〇年代のジェンダー』(ちくま文庫)の著作がある⽴教⼤学文学部教授の⾆津智之⽒は、その歌詞世界を「結婚を相対化しつつも、男性の優位が確認される歌」と、ひとまず仮定する。なるほど、男女デュエット曲といえば、恋の始まり、もしくは正式なパートナーではない男女の忍び逢いをテーマにしたものばかり。当時の時代背景を考えても、男女を一対にすれば結婚の2文字が思い浮かぶものだが、⽇常の夫婦生活や幸せが歌われることはほとんどない。少なくとも、流⾏歌はそこには関⼼がないようだ。

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和⽥弘とマヒナスターズ&松尾和⼦『お座敷⼩唄』(64)。男と女のデュエットに「妻」の存在はお邪魔ムシ?

「こうした観点から重要となる1曲が、当時売り上げ300万枚以上の大ヒットを飛ばした、和⽥弘とマヒナスターズ&松尾和⼦による『お座敷⼩唄』(64)です。本曲はドドンパの明るい曲調ですが、京都先斗町の芸者が客の男性を想う歌詞には〈好きで好きで大好きで 死ぬ程好きなお方でも 妻という字にゃ勝てやせぬ〉という一節があります。歌詞の中で、“妻”という陰の存在を明⽰し、家庭とは関係ない場所で自由に遊ぶ既婚男性という構図を確⽴させたのは⼤きいでしょう」(舌津氏)

確かに、デュエット曲には男性が外で遊び、女性が耐え忍ぶ、または許すという構図のものが少なくない。

「男女がワンコーラスずつ歌うものもデュエットとするならば、こうした曲の起源は、40年の渡辺はま⼦と霧島昇による名曲『蘇州夜曲』周辺に求められます。この曲は、映画『支那の夜』の劇中歌でした。長谷川一夫が扮する日本人貨物船船員が、李香蘭扮する中国娘を救い、2人が結ばれる、というプロパガンダ映画です。美しいラブソングですが、当時の⽇本と中国の統治関係を前提にした曲で、男性優位な楽曲ともいえます。戦前のデュエット曲は男性が⼥性を“射⽌める”という形式が多く、それが『蘇州夜曲』に結実します」(同)

『蘇州夜曲』では⼆胡(中国を代表する⺠族楽器)の⾳が効いているが、それにしても男⼥デュエットにタンゴをはじめとしたラテンやハワイアンなどのエキゾチックな曲調が⽤いられるのはなぜか? これについて⾆津氏は、「“⾮⽇常”を表現しているのでしょう。つまり異国情緒あふれるリズムに乗って婚外恋愛を歌う構図ですね。それによって男性の浮気を正当化するムードが醸し出される半⾯、結婚という “日常”を相対化するような社会的メッセージも⽣まれ得ます」と考察。

「ただ『蘇州夜曲』は、その背景にあるイデオロギーを別にすれば、男⼥の歌い⼿がワンコーラスずつ⼊れ替わるなかで⼥性が先⾏して歌い、フェミニスト的な側⾯を持つ⻄條⼋⼗の作詞で男⼥の平等な恋愛が歌われる点においてはリベラルですね」

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