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萱野稔人と巡る超・人間学【第44回】

シーア派イスラム主義「終わりの始まり」としてのイラン戦争

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

中東を揺るがすイラン戦争は、イスラム世界の新たな「終わりの始まり」となるのか。なぜイランは反米路線を貫き、神権体制は47年も続いたのか。前駐イラク特命全権大使とともに、この情勢を読み解く。

今月のゲスト
松本太[前駐イラク特命全権大使]

反西洋として生まれた 「イスラム主義」の落日

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今年2月末、イランへの攻撃を開始したアメリカのトランプ大統領とイスラエルのネタニヤフ首相。(写真/Getty Images)

萱野 今年の2月末にアメリカとイスラエルがイランへの武力攻撃を開始しました。そのイランは、イスラムの教えに基づいて国を統治する「イスラム主義」の国家です。ヨーロッパをはじめとする多くの国では、近代化が進むにつれて政治は脱宗教化されてきましたが、イランはそうした「近代化=脱宗教化」の図式に逆行しているように見えます。そこで今回は松本太さんに、イランという国家のあり方をどうとらえるべきかという視点からお話をうかがい、その国家のあり方が今回のイラン攻撃によってどのような影響を受けるのかを考えていきたいと思います。

松本 まず重要な点として、純粋な宗教としての「イスラム」と、宗教であるイスラムを政治的に活用しようとする「イスラム主義」とを明確に分けて考える必要があります。そもそもイスラム主義は、19世紀後半に西洋列強による植民地主義への対抗軸として出てきたものです。そこには大きくふたつの流れがありました。ひとつは、エジプトのムスリム同胞団から過激化し、のちのアルカイダやIS(イスラム国)にもつながった「スンニ派」の動き。そしてもう一方が、イラン革命(1978〜79年)でイスラムの教えにもとづきイランという近代国家の枠内で神権政治を打ち立てた「シーア派」の動きです。いずれのイスラム主義の動きもピークを越えて退潮しつつあると見ていますが、今回のイラン攻撃によってシーア派のイスラム主義の終わりの始まりが見えてきたのではないかと私は考えています。

萱野 とても興味深いご指摘です。その点について掘り下げるために、まずは現在のイランという国の成り立ちについて教えてください。イランはペルシャ湾の北側に面している産油国で、その対岸にはアラブ首長国連邦(UAE)やサウジアラビア、バーレーン、カタールといった産油国があります。それらの産油国はアメリカと協力関係を結ぶことで、国内経済の豊かさを実現してきました。これに対してイランはイラン革命以降ずっと反米を掲げ、昨年末から今年初めにかけては経済的困窮を理由とした大規模な反政府デモが起きるほどの厳しい状態に陥っています。同じ湾岸産油国でありながら、なぜイランだけこうした状況になっているのでしょうか。

松本 それを理解するには、イランの近現代史を押さえる必要があります。19世紀にイランは英国やロシアの圧迫を受け続けました。それに対する怨念は、今もイラン国民の基層にあります。20世紀に入っても、第二次大戦中に英国・旧ソ連が再びイランに介入しました。戦後、民族主義者のモサデグ首相が英資本の石油会社の国有化を進めると、1953年に米国のCIAと英国のMI6によるクーデターで失脚させられるのです。その後はレザ・パフラヴィー国王が復権し、米国の強力なバックアップを受けて、王政が1979年のイスラム革命まで続きました。

萱野 そのパフラヴィー朝時代のテヘランの写真を見ると、ヒジャブをかぶっていないミニスカート姿の女性たちが街に出ていて、ヨーロッパの一都市と見まちがえてしまうような雰囲気なんですよね。

松本 そうした近代化が及んだのはテヘランのような大都市のみでした。当時の王政は近代化に邁進する一方で、格差が拡大し、結局、近代化についていけない地方や貧困層、そして保守層からの反発を受けるようになります。このため、秘密警察を通じて国民の不満を弾圧しようとしました。

その不満がイラン革命で爆発したのです。そして亡命中のホメイニ師がパリから呼び戻され、シーア派イスラム主義の神権体制が成立しました。さらに革命直後にはイラン・イラク戦争(1980〜88年)が勃発し、欧米諸国がこぞってイラクを支援したため、イラン側の犠牲が膨大に積み上がりました。こうした歴史が、今のイランの根深い反米感情の背景にあります。

萱野 第二次世界大戦後にイランがおこなった石油会社の国有化そのものは、当時の産油国で広く起きた動きです。摩擦はありながらも先進国と協調関係を築いた中東産油国もあるなかで、なぜイランは敵対関係に陥ったのでしょうか。

松本 要因はふたつあります。ひとつは中東諸国のなかでは顕著なイランの先進性です。古くからペルシャ帝国を築いてきたイランは、近代的なナショナリズムの芽生えも比較的早かったといってもよいのです。その結果、油田の国有化をおこなったことで欧米との摩擦も大きくなりました。もうひとつは、英米間のパワーの移行のタイミングです。戦後のアメリカは、イギリスの独壇場だった中東の産油国にじわじわと巧みに入り込んでいきました。ところがイランでは、英国はイラン民族主義的なモサデグ政権を打倒できず、アメリカを巻き込んでクーデターを実行するしかなかった。結果として、イランでは米国の介入に対する国民感情が一挙に悪くなるという状況を生み、その後、イスラム革命を通じてその「ツケ」を背負わざるをえなかったのです。

イスラム主義に許された国家がイランだけである理由

萱野 中東諸国におけるそうした違いに、イスラム教の内部におけるスンニ派とシーア派の違いは関係しているでしょうか。事実、湾岸産油国で米国と協調関係にある国を見ると、サウジアラビアやUAEなど、スンニ派が支配的な国が多いですね。また、イラン革命後に起こったイラン・イラク戦争では、シーア派勢力の拡大を恐れていたイラク側を西側諸国は支援しました。こうした図式を見ると、欧米諸国にとってスンニ派の方が付き合いやすい相手のようにも思えます。

松本 イランにおけるシーア派のイスラム主義は、イラン革命を通じて「近代国家とイスラム主義を合体させる」という事態を生み出しましたが、一方で、スンニ派のイスラム主義は中東ではどこも政権獲得には成功していません。唯一の例外がトルコのエルドアン政権で、経済的な追い風もあり、20年以上の長期政権としてソフトランディングしてきました。2010年に起こった「アラブの春」では、たしかにエジプトでムスリム同胞団のムルシー氏が選挙で政権を取りました。しかし、政策実行力を欠いて国を混乱させ、軍のクーデターで失脚し、投獄先で死亡します。要するに、スンニ派のイスラム主義はアラブ圏では一度も政権を維持できなかったのです。

萱野 スンニ派のイスラム主義が政権を取れなかったのは、それらのアラブ諸国では王朝という伝統的な権力体制が残っていたからでしょうか。

松本 おっしゃる通り、要因のひとつは、アラブの王政国家には一定の正統性があったことです。そしてもうひとつの要因はオイルマネーの力です。財政的な余力を国民に配ることで、いわば国民を事実上買収するような形で不満を吸収していったわけです。UAEなどの湾岸の王政は、ムスリム同胞団に対して徹底的な排除をおこなってきました。一方で、共和制で経済的余力もないエジプト、チュニジアといった国々では政権が二転三転し、最終的にはどの国もムスリム同胞団を追い出す形で軍事独裁政権に戻っていきました。一方、リビアは西部のムスリム同胞団系政権と東部の世俗的軍事政権に分裂したまま今日に至っています。

鞭打たれて固まる国、外圧とシーア派のアイデンティティ

萱野 イランでイスラム共和国体制が1979年から現在まで47年も続いてきた要因は何だとお考えですか。

松本 そのレジリエンスの最大の要因は、やはり石油の力です。掘れば原油が出てドルが入ってくる国の政権は、やはり簡単には倒れません。実際、イランは今回の戦争が始まる直前まで、中国向けに日量200万バレル規模の輸出をずっと続けており、体制を支える土台となっていました。もうひとつの要因は、イラン革命防衛隊の存在です。イラン経済のおよそ50%は革命防衛隊が支配しており、彼らは不正な貿易までやっている。だから西側諸国による経済制裁が強まれば強まるほど、民間経済はやせ細り、相対的に革命防衛隊が儲かる。皮肉にも、それが国民を体制のもとに束ねる理由になっているのです。外から鞭を打たれれば打たれるほど国民が固まる状態がイランにはあるわけですね。昨年6月にはイスラエル・アメリカとの間で十二日間戦争がありましたし、イラン国民にとっては今年のイラン戦争が始まる前から事実上ずっと有事の状態でした。そしてこの「常時有事」を口実に、革命防衛隊や民兵組織、治安警察といった抑圧機構も、きわめて有効に機能してきました。

求めたはずの近代化が「イスラム主義」を不要にする

────萱野

萱野 つまり、イランでイスラム共和国体制が40年以上続いた最大の要因は、外部からの圧力による結束の強化という状況的なものだ、ということでしょうか。

松本 そう見るのが妥当でしょう。そして興味深いのは、シーア派には「虐げられる状況」をその宗教史的に受け入れてきた傾向がある点です。シーア派というのは、イスラムの主流から分かれた分派という意味で、7世紀後半以降、スンニ派によって虐げられてきた長い殉教の歴史を有しています。だから外から圧力をかけられる状況こそ、彼らにとっては宗派的にむしろ心地よい状況にあるともいえるのです。

萱野 宗教的アイデンティティの中に被抑圧性がすでに組み込まれているんですね。

松本 ええ。シーア派の始祖アリーやその息子たちハサンやフセインを代表とする殉教者の受難を追体験することがシーア派コミュニティの連帯を強化しているのです。例えば、信者自身が自分の体に鞭を打つアーシュラーの祭りはその代表的なものです。強い外圧を受け、受難に陥る状況こそが、シーア派の宗教的体験そのものと噛み合ってしまうのです。

TikTok世代と革命世代引き裂かれるイラン

萱野 他方で、現在のイスラム共和国体制はどこまでイラン国民に支持されているのか、という疑問もあります。松本さんの見立てでは、支持と不支持の割合はどれくらいでしょうか。

松本 客観的な世論調査がないため感覚値になりますが、7〜8割のイラン国民は支持していないでしょう。この分析の背景にあるのは人口動態の変化です。今の革命防衛隊や体制のコアにいる人たちは60代後半から70代前半です。つまりイスラム革命当時に20歳前後だった世代ですね。その世代はその後、イラン・イラク戦争の最前線の中で戦いつつ、今の革命防衛隊の司令官クラスに育っていくのです。だからこそ彼らは筋金入りの強硬派になったというわけです。一方で、革命はもちろん、戦争も知らない下の世代は、おそらくイラン人口の7割以上を占めています。とくに2000年以降に生まれた若者たちは、VPNを利用すればTikTokもスナップチャットも自由に使えるので、日本の若者とほぼ変わりません。だから親世代との間に、日本人の感覚を超える世代間ギャップが生まれています。

イラン経済のおよそ50%は革命防衛隊が支配している。

────松本

萱野 7〜8割のイラン国民の心が体制から離れているとして、彼らは現実のイラン政治とどう折り合いをつけているのでしょうか。

松本 その折り合いをつけられない状況になりつつあるのが現状だと思います。すでに今年1月初旬の段階で、経済的困窮に対する大規模な抗議デモが起きていました。それから4カ月、状況はさらに厳しくなっています。停戦が結ばれれば、イラン現体制への国民の不満は1月初旬以上に激しく噴き出すはずです。

萱野 それは避けられないでしょうね。どんな形の停戦であれ、イラン国民の目には現政権が戦争に負けたと映ります。戦争で負けた政権が、その後、体制を維持できた例はほぼありません。

松本 おっしゃるとおりです。もれ伝わる話によれば、ペゼシュキアン大統領は「経済がもたないから早く停戦すべきだ」と主張しているものの、革命防衛隊から止められているといわれています。つまり、イランの今の体制はどちらに転んでももたないのです。戦争が続けば経済が破綻し、停戦すれば外圧を奇貨としてきた体制が、大規模デモに見られるような強い内圧に直面するでしょう。

萱野 内戦のような状況になる可能性もありますか。

松本 内戦になるかどうかはわかりませんが、イラン人は賢いので、どこかで自然に体制が崩れる可能性は十分あります。きっかけになりそうな事態は、2009年のグリーン革命や、2022年の「女性、生命、自由」抗議運動など過去に何度もありました。これまでは体制内の改革でどうにか切り抜けてきましたが、今回の戦争を経たあとでは体制内改革ではもはやもたない。すなわち、戦前のような状況に戻ることは、もはやできないでしょう。残されたオプションは、論理的に考えると、いつかの時点で体制が倒れる以外にありません。しかも今は、パンが食えるか食えないかの局面が眼前に迫っている。これが一番怖いんです。どこの国でも同じですが、人間は飯が食えなくなると本格的に怒り始めます。

萱野 イスラム共和国体制が40年以上も維持されてきたのは、まがりなりにも国民を食わせることができてきたから、ということですね。

松本 まだ経済的な余力がありましたね。それは先述のように原油を中国に輸出できていたからですが、それが米海軍によるホルムズ海峡の逆封鎖で止められている。今の国際情勢では中国が簡単に助けるとも思えません。

萱野 シーア派の教義を信じて今の体制を支持する保守層は、どれくらいの規模でしょうか。

松本 私の見立てでは最大1割、田舎の保守層を広く取っても2割といったところです。理由は都市化です。47年前と比べて、今は主要都市に人口が集中し、農業で生計を立てるイラン人は減っている。都市住民は世俗化の方向に動くので、ますます体制から離れていきます。

萱野 そんななか、イスラム共和国体制を支える保守層はどこでどう再生産されているのでしょうか。

松本 最たる例は革命防衛隊です。彼らは一番ドグマティックな若者を選んで教育しており、いわば純粋培養のような世界です。戦争が続く状況下では「イランを敵視する勢力と断固として戦う」という思想はいつの時代でも一定数を培養できます。ただそれは多数派にはなり得ません。

萱野 残りの大多数の人々はどんな感情で体制を眺めていると考えられますか。

松本 おそらく大多数のイラン国民はノンポリなのです。これは日本人と同じですね。ただ、20代の若い女性起業家を取材した報道を見て、考えさせられることがありました。彼女はネットを通じて輸出入ビジネスをやっていたのですが、戦争でインターネットが全面的に遮断され、UAEからの商品の輸入ルートも閉ざされて、文字どおり食べていけなくなっていました。大多数のイラン国民は、こうして政治とまったく切り離されたところで日々の生計を立てています。こうした「バザール商人」のモダン版というべき層が絶望下でどう動くのか――イラン体制の行方はそこにかかっています。

近代化が進めば用なしイスラム主義の逆説

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イラン戦争で犠牲となった民間人および軍人を追悼する式典に集まるイスラム革命防衛隊の関係者。(写真/Morteza Nikoubazl/NurPhoto via Getty Images)

萱野 もし今回のイラン攻撃をきっかけにイランのイスラム共和国体制が終わりを迎えるのであれば、中東から北アフリカに至るイスラム圏全体で、1960年代から盛り上がってきたイスラム主義運動が大きな歴史的区切りを迎えることになると考えられますか。

松本 中東の中心部については、おそらくそのとおりです。ただ周辺部では話が少し違ってきます。今イスラム主義が一番華やかなのは実はアフリカなんです。代表例が、ナイジェリアのボコ・ハラムですね。要するに、そうした場所にはイスラム主義が巣食いやすい条件があるのです。

萱野 具体的にいうと、その条件とは貧困でしょうか。

松本 貧困のほか、教育の不十分さ、政治体制の腐敗といった条件がそろった地域へと、イスラム主義は常に移動していきます。ただ、イスラム主義が勃興した中東の中心部については、スンニ派にしてもシーア派にしても、冒頭に述べたように「終わりの始まり」が来つつあるという印象です。

萱野 いわゆる「9・11」の同時多発テロが起こって以降、地域をまたぐようなイスラム主義の政治運動やテロが目立ちました。それは一時的にはISのような運動にも発展しました。そうした動きも長い目で見れば終わりつつあると考えていいでしょうか。

松本 シーア派のイランは別として、スンニ派のイスラム主義に話を絞れば、近年は失敗の歴史です。なかでも決定的だったのが、「アラブの春」以降の失敗です。エジプトやチュニジアでムスリム同胞団系の組織が政権を取りながら、結局は政策実行力を欠いて挫折した。その姿をアラブ世界全体が見てしまったことで、「ここまでが限界か」と幻滅が広がっているのが近年の状況なのです。唯一の例外だったトルコのエルドアン政権も、いまや終わりに近づいています。エルドアンが20年かけて進めたのは、結局のところ近代化でした。ところが、近代化を進めれば進めるほど、イスラム主義は用なしになっていくのです。

萱野 イスラム主義を求めたはずの社会が、経済的に豊かになることでそれを必要としなくなるという自己矛盾があるのですね。

松本 おっしゃるとおりです。5回の礼拝をしなくても、幸福な生活が実現できるということを、みんなわかってしまっているわけです。UAEはその興味深いモデルケースで、ムスリム同胞団やイスラム主義を徹底排除して近代化路線をひた走っています。富裕層の子どもはインターナショナルスクールに通い、英語が共通語化しています。ティーンエイジャーには、アラビア語教育すらまともに受けない子もいます。モスクに行かない人も増えているでしょう。

萱野 もはや宗教と折り合いをつけるという段階でさえなく、世俗化というより脱宗教化が進んでいるということですね。

松本 そうですね。サウジアラビアでは、人口規模が大きい分、一足飛びにはいきませんが、MBS(皇太子)のリーダーシップで、厳格なイスラムの伝統からの転換を進め、宗教警察の逮捕権限も廃止され、急速に近代化を進めています。

萱野 ということは、ようやくイスラム圏でも、ヨーロッパに比べて400年ほど遅れる形で、世俗化による近代的な政治体制の確立の波が来ていると考えていいのでしょうか。

松本 カタールのように、イスラム主義組織との付き合いを通じて国家のパワーを示そうという国もあるので、国ごとにその変化の速さは異なると思いますが、全体としてはそうした方向に進んでいくはずです。ただし、中東諸国の最終的な行方は、「イスラム教がキリスト教のような宗教改革のプロセスに入れるか否か」にあると考えています。ただ、この点について私はかなり悲観的です。

理由は、イスラムの法体系にあります。イスラムは個人の内面の信仰には還元できない宗教です。極論すれば、イスラムでは信仰告白(シャハーダ)を唱えれば、神を信じなくてもムスリムになれます。内心で信じていなくてもムスリムでいられるという、キリスト教ともユダヤ教とも違う、究極の「形式宗教」なんです。形式宗教ということは、つまり社会規範であるということです。だからイスラムは社会そのものと一体化します。したがって、宗教を個人的かつ内面的なものと見なすような西欧近代におけるキリスト教的な宗教改革は原理的に発生しえない、というのが私の見方です。

この点で、これからも中東諸国は、近代国家を樹立する上で、イスラムという宗教とどう向き合っていくのか、長い苦しみが続くはずです。日本は、実は明治維新以降、神道を非宗教化することで、建前としては近代国家と信教の自由を両立させてきました。こうした日本の経験も、中東諸国にとって役に立つかもしれません。近代国家としての中東諸国とイスラムの関係は、やはり長い目で見ていく必要があるのでしょう。

(構成/古澤誠一郎)

萱野稔人
1970年生まれ。哲学者。津田塾大学教授。パリ第十大学大学院哲学科博士課程修了。主な著書に『死刑 その哲学的考察』(ちくま新書)、『社会のしくみが手に取るようにわかる哲学入門』(小社刊)、『名著ではじめる哲学入門』(NHK出版新書)など。最新刊は『人間とは何か? 哲学者と巡る知的冒険』(小社刊)。

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