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田澤健一郎の「体育会系LGBTQ」【6】

「ウリ専」のバイトでゲイを自覚した一流大学のボクサー

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ゲイビデオ出演が発覚し消えたボクシング部員

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(写真/佐藤将希)

しかし、こうした貴人であっても、ボクシング部を中心とした大学の友人たちにはゲイであることを秘密にしていた。

「やっぱり不安があったんですよね。そのことでからかわれたり、引かれたりするのは嫌だから。当時、並行して彼女もいたから、黙っていれば疑われることもなかったですし」

実は貴人が在学中、ボクシング部で、ある部員がゲイビデオに出演していたことがバレるという出来事があった。貴人によれば「そいつをからかう、いじめるみたいなことは、それほどなかった」そうだが、それでも「アイツ、なんでそんなことしたんだよ」と訝しむ視線は部内に生まれた。当該部員もいつしか練習に顔を出さなくなり、そのままフェードアウトしていったという。それを目の当たりにした貴人が慎重になるのも無理はない。

「僕はスポーツ推薦の特待生。ゲイであることが原因で退学となるのは避けたかったですから。バレること自体を怖いと感じたこともありますが、それよりもむしろ、いろいろ面倒くさいって感じ」

かつて、大学野球界で「上位指名でプロ入り間違いなし」と評価されていた選手が、ドラフト直前、ゲイビデオに出演していたと週刊誌にスキャンダラスに報じられたことがあった。結果的にその選手はドラフト指名漏れとなったが、ゲイビデオの件と指名見送りをはっきりと結びつける報道はなく、選手としてのコンディション不良などが理由とも伝えられた。ただ、この一件が指名の有無に何かしら影響を与えたと世間一般にはとらえられた感があり、のちにその選手は自身がゲイであることを否定したのだった。あれからずいぶん時間は経ったが、LGBTQをめぐる歯切れの悪い社会の空気は今も時折、顔をのぞかせる。

だが、貴人の場合は唯一、同じ大学の寮で暮らしていたある親友にはカミングアウトをした。

「ボクシング部だけでなく一般の学生も暮らしていた寮で、その友達も別の部活。信頼できる親友だったから平気かなって。実際、驚きはされたけど、『そうなんだ。じゃあ、今度2丁目連れてってよ!』と結構普通の反応でした」

すでにゲイのタレントが当たり前のようにメディアに出始めた時代。貴人が女性だけでなく男性からも遊び仲間として好かれる快活なキャラクターだったことも、その反応を後押ししたのだろう。勇気をもらった貴人は卒業後、大学時代のほかの友人にもゲイであることを少しずつ伝え始める。

「そしたら、ある友達に『なんとなく大学の頃からわかってたよ』と言われたんです。詳しく聞くと、ボクシング部の仲間も何人かは気づいていたらしくて。もう、なんか『マジかよ』って超恥ずかしくなりました」

同時に、性の面ではマッチョイズムに満ちて保守的なイメージの強い日本の体育会でも、今はきちんとカミングアウトして真摯に説明すれば、多くは受け入れてくれるのではないか、とも感じた。

「高校時代の友達に言うのは、田舎だから周囲の目もあるし、まだちょっと怖いけど、東京みたいな都会の大学生になら、今は言ってもわりと理解されるんじゃないですかね。田舎以外の、いろいろな人に出会って、価値観も多様になっているだろうし」

ただし、貴人が通っていたのは世間的には一流といわれる都内の高偏差値の大学だったことも忘れてはいけないだろう。学業に優れ、世の中の動きにも敏感で、新たな時代の価値観にもついていけるリテラシーのある学生が比較的多いからでは、という話である。

「僕も田舎では、この先もカミングアウトするかはわかりません。仲の良かった地元の友達にはひとりだけ、伝えましたけど。体育会って特殊なところがありますからね……」

世の中のLGBTQに対する理解が進んでいるのは確かだ。ただ、日本にはまだまだ閉鎖的な「ムラ」が残っている。体育会が、その「ムラ」を完全に抜け出す日はいつなのか――。

*本稿は実話をもとにしていますが、プライバシー保護のため一部脚色しています。

田澤健一郎(たざわ・けんいちろう)
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスの編集者・ライターとなる。野球をはじめとするスポーツを中心に、さまざまな媒体で活動している。著書に『あと一歩!逃し続けた甲子園 47都道府県の悲願校・涙の物語』(KADOKAWA)、共著に『永遠の一球 甲子園優勝投手のその後』(河出文庫)などがある。

前回までの連載
【第1回】“かなわぬ恋”に泣いたゲイのスプリンター
【第2回】サッカー強豪校でカミングアウトを封じた少年
【第3回】“見世物のゲイ”にはならないプロレスラーの誇りと覚悟
【第4回】童貞とバカにされながら野球に没頭した専門学校の部員
【第5回】男性として生きるために引退を決めた女子野球選手の葛藤


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