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田澤健一郎の「体育会系LGBTQ」【6】

「ウリ専」のバイトでゲイを自覚した一流大学のボクサー

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――社会に広がったLGBTQという言葉。ただし、今も昔もスポーツ全般には“マッチョ”なイメージがつきまとい、その世界においてしばしば“男らしさ”が美徳とされてきた。では、“当事者”のアスリートたちは自らのセクシュアリティとどのように向き合っているのか――。

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(写真/佐藤将希)

「頼むから大学に行ってボクシングを続けてほしい」

海がよく見える駐車場に止めたクルマの中で、当時、高校3年生だった君塚貴人(仮名)は、母に泣きながら懇願された。自動車整備士になりたいと、すでに専門学校への進学意思を固めていた貴人。だが、インターハイに続き、国体でもボクサーとして実績を上げた貴人のもとに、東京のいわゆる一流大学からスポーツ特待生の誘いが舞い込んだのだ。

九州の小さな街にある君塚家は、父が酒に溺れ、貧しかった。母の奮闘で自分の家が成り立ち、その愛情を一身に受けていることは貴人も十分、知っていた。

「仕方がないか」

貴人は不本意ながらも大学進学の意思を固めた。

「今となっては、大学を選んで本当に正解でしたね」

30歳を迎えた貴人は、今、東京の外資系企業で忙しい日々を過ごしている。仕事はハードだが、成果を出せば報酬は高い。自動車整備士は「子どもの頃にクルマが好きだったから」が志望理由。正直、あまり深く考えていなかった。東京に出てきて、さまざまな人と出会い、田舎とは別の世界を知ってたどり着いた今の生活。母への感謝は感じている。

ボクシングは大学卒業を機にやめた。全国上位の成績も残したが、プロやオリンピックを目指す選手たちと自分の差は、ランキングでは測れないものがあると感じた。

「例えば村田諒太のような選手って、同じ階級、同じくらいの体重なのに、パンチの威力が違いすぎるんですよ。拳が重くて一発一発のダメージが大きい。ヤバすぎて試合なんかしたくない(笑)」

さらには「センス」という天性の素養。

「井上尚弥なんかそうですけど、世界チャンピオンになれる選手って、パンチを一番効くタイミングで確実に打てる。これは磨けない力だと思います」

身長が高く、「イケメン」という言葉がよく似合う貴人。ボクシングをやめた理由をあっけらかんと話す様子からは、競技への執着は感じない。考えてみると、高校時代も母に懇願されなければ、そこで競技をやめるつもりだったのだ。

「6歳から水泳を始めて、小学校では野球もやっていました。中学は剣道部。どれも始めたのは仲のいい友達がやっていたから、くらいの理由です。ボクシングを始めたのも、剣道部時代の友達の親に『お前はボクシングに向いているから、高校の指導者を紹介してやる』と言われたのがきっかけ」

本人いわく「負けず嫌い」ではあったが、特別スポーツに思い入れがあったわけではないのかもしれない。しかし、神様は不公平なもので、軽い気持ちで始めたどの競技でも貴人はすぐに好結果を出した。根本的に運動神経が人並み以上だったのだろう。

「大学生になると、人によっては大人みたいに超楽しそうに遊んでいるわけです。それが羨ましくて。自分はといえば、苦しい減量はあるし、毎週のようにリーグ戦や大会があって、まったく遊べない。ある日、『なんでオレ、殴り合いなんかしているんだ?』とむなしくなったんですよね。自分の限界もなんとなくわかってきたし、特待生だから部活は卒業までやめないけど、ボクシングは大学までと決めました」

ただ、決断に影響を及ぼすほど「遊び」に心を惹かれたのは、ボクシングに対する情熱の薄れだけが理由ではなかった。貴人は「夜の街」で、本当の自分、ゲイである自分に気づいていたのだ。


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