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NewsPicks後藤直義の「GHOST IN THE TECH」【27】

人工知能によって自然災害を予測するシリコンバレーのスタートアップが日本本格上陸

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――あまりにも速すぎるデジタルテクノロジーの進化に、社会や法律、倫理が追いつかない現代。世界でさまざまなテクノロジーが生み出され、デジタルトランスフォーメーションが進行している。果たしてそこは、ハイテクの楽園か、それともディストピアなのか――。

今月のテクノロジー
『ワンコンサーン社』

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One Concern公式HPより。

2015年に創業。人工知能(AI)を活用し自然災害のシミュレーションや被害からの回復、リスク軽減を図っていくテクノロジープラットフォームを構築する。特に自然災害の脅威にさらされる日本でこの技術を導入しようと、SOMPOホールディングスが同社に投資し、戦略的パートナーシップを締結、話題となっている。

いま世界的に気候変動が大きなテーマになっているが、シリコンバレーにおいては、それと戦おうというスタートアップが登場している。中でも面白いのが人工知能(機械学習)によって、これから発生する自然災害を予測するサービスだ。

当たり前だが、自然災害そのものをゼロにすることは難しい。どうしても地震は発生するし、それに伴って津波もやってくる。また国や地域によっては、毎年のように台風がやってきたり、ハリケーンがやってくるのも避けられない。

しかし、最先端の人工知能がやれることがある。未来を教えてくれる水晶玉のごとく、これから発生する自然災害によって、どんな被害が発生するか、過去のデータ分析と人工知能によってシミュレーションすることだ。

例えば、これから3日後に東京都内を大型の台風が直撃するとする。テレビのニュース番組では台風がどのようなルートを辿っているか教えてくれるし、気象庁は警報を出すかもしれない。降水量の予測も出るはずだ。

しかし、シリコンバレーで今注目を集めているワンコンサーン社が挑んでいるのは、それよりもはるかに緻密で、包括的な「未来のダメージ予想図」を人工知能で描き出すことだ。

彼らが今開発しているサービス「災害レスポンス」では、グーグル・マップのような地図上に、3日後の被害状況を表示してくれる。どの時間帯、どの河川のどの部分から水があふれて、どの住宅街から浸水するのか予測してくれる。

だから仮に、都内の多摩川で洪水が起きたとすると、二子玉川(世田谷区)や武蔵小杉(川崎市)などの住宅街では「あの高級タワーマンションは浸水する可能性が高い」「近所のセブンイレブンから東側の家は、おそらく大丈夫なはずだ」「いつも子どもが使っている通学路が危ない」といった詳細まで把握できる。

こうしたシミュレーションは、自治体にとっては大きな価値がある。単なるハザードマップではなく、3日後の被害予想が時系列ごとにビジュアルでわかるため、真っ先に避難させるべき人々たちも特定できるからだ。

また対象は、洪水だけではない。例えば地震が発生した直後に、ビルや家屋など建物の被害予想を、すぐさま地図上に表示してくれる。そのため、地震によって大ダメージを受けたエリアを分単位で特定して、救出プランを立てることができるわけだ。まさに自然災害大国である日本にとってぴったりのシステムは、すでに熊本市と提携した実証プロジェクトが行われており、さらに今年中にその他の6都市に広がる予定だ。

大洪水で死にかけた、インド出身の創業者

「私がワンコンサーンを創業したのは、本当に偶然だったんですよ」。

筆者にそう話してくれたのは、2015年に同社を創業したアハマド・ワニ氏だ。もともとインドのカシミール地方で生まれ育ち、そこからシリコンバレーにあるスタンフォード大学にて、地震工学の研究で博士号取得を目指していた人物だ。

ところが、同大学で学びながら、故郷のカシミール地方に一時帰国した際に「九死に一生を得る」ような恐ろしい経験をする。それが同地で発生し、400人以上が死亡した大洪水(2014年)だった。

「自宅の屋上に上って避難したのですが、あたりの家屋はすべて真っ黒な濁流にのみ込まれていました。助かった隣の家の住民から、水とりんごを投げてもらって、それだけで数日間しのいだんです」(アハマド氏)

なんとか生き延びたアハマド氏は、大学に戻ると、それまでの研究テーマを変えることを決意する。それは自然災害に関わる膨大なデータを集めて、それを人工知能と掛け合わせることによって、故郷を襲ったような災害をあらかじめ予測するというアイディアだった。

そこで15年には博士課程を中断し、ワンコンサーンを創業。そこから、ものすごい勢いで自然災害に関わるデータを集めてゆく。なぜなら、それまで災害にかかわるデータというのは、行政当局や企業などが、バラバラに抱え込んでいたからだ。

例えば、アメリカでは1億6000万棟にも及ぶビルや建物のデータを、買い集めた。これによって、建物の築年数、建物が木造なのかコンクリート造なのかという素材や、または直近でリノベーションしたタイミングなどもわかるようになる。

もちろん災害のシミュレーションをするには、水道や電気、道路などといった、生活に欠かせないインフラのデータも必要になる。そのためアメリカでは橋であれば60万カ所、高速道路(フリーウェイ)では270万区間、電力の変電所については4万5000カ所、加えて空港(128カ所)や主要な港(25カ所)などのデータも、公開情報へのアクセスであったり、私企業のデータの買い取りをすることで蓄積したという。

「自然災害を予知したいのは、政府や自治体だけではありません。多くの大企業であったり、不動産会社なども、自然災害によるどんなリスクがあるのかを知りたいのです」(アハマド氏)

例えば、トヨタ自動車やパナソニックのようなグローバル企業は、世界中の工場のみならず、膨大な取引先がサプライチェーンに関わっている。そのため自然災害が発生した時に、どのようなリスクがあるのか、あらかじめ把握したいニーズがあるわけだ。

またアマゾンのようなイーコマース企業であれば、巨大な倉庫をどのエリアに建設するのか検討するとき、万が一のシナリオを想定したい。例えば洪水や台風によって、すぐに道路や橋が使えなくなるような立地は、あらかじめ候補地から外したい。せっかく品物があっても、運べなくなれば意味がないからだ。

そのため、ワンコンサーンは気候変動や自然災害によって、どれくらいビジネスにリスクがあるかを評価することができる新サービス「レジリエンス・プランニング」も開発している。

気候変動と戦う、知性と人材たち

よく考えてみたら、日本は世界に誇る災害大国だ。日本人なら東日本大震災(2011年)の揺れを覚えている人は多く、毎年のように地震や洪水、土砂崩れなどで死傷者が出るようなニュースも目にしている。

だから本来なら、ワンコンサーンのような革新的なサービスを、日本人の起業家が発案してもおかしくない。日本には過去の災害データであったり、気象に関わるデータもたくさん揃っているはずだからだ。

ところが、残念ながらワンコンサーンはシリコンバレーで生まれている。理由のひとつは、災害対策という「お金にならなそう」なプロジェクトを、ビジネスとして成長させようという、強い起業家精神にある。

そしてもうひとつは、気候変動と戦うための手段として、最先端の人工知能とデータを使ってみようというアイディアを発案し、それを実現できる人材たちが、シリコンバレーには大量に集まっているという事実だ。

日本でもいま脱炭素や気候変動、SDGsについては、大きなビジネストレンドになっている。しかし、ワンコンサーンが示している通り、アイディアというのは意外にも身近なところにあるのかもしれない。問題はそれを実現する野心と知性をもった、人材の有無にあるのかもしれない。

(文/後藤直義・NewsPicks)

後藤直義(ごとう・なおよし)
1981年生まれ。青山学院大学文学部卒。毎日新聞社、週刊ダイヤモンドを経て、2016年4月にソーシャル経済メディア『NewsPicks』に移籍し、企業報道チームを立ち上げる。グローバルにテクノロジー企業を取材し、著書に『アップル帝国の正体』(文藝春秋)など。

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