サイゾーpremium  > 特集  > タブー  > 【山口組】7代目新体制をめぐる"不協和音"

――先日、山口組の中核をなす弘道会において、トップの交代が明らかになった。かつて、警察庁長官から「弘道会の弱体化なくして山口組の弱体化はなく、山口組の弱体化なくして暴力団の弱体化はない」とまで言われた同組織の人事は、日本最大の暴力団に何をもたらすのだろうか? 元大物幹部による暴露本の余波や、山口組が抱える問題にメスを入れる――。

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山口組幹部の葬儀に参列する、司 忍6代目山口組組長、高山清司若頭ら。(写真/堺 恭三)

 9月下旬、ヤクザ界では、あるひとつの重大ニュースが流れた。それは日本最大の暴力団組織6代目山口組において、有力二次団体の筆頭格を占める2代目弘道会で代目継承が行われたというものだ。弘道会といえば、傘下団体の構成員と準構成員を合わせると3万5000人を超える日本最大の暴力団組織、6代目山口組・司 忍組長の出身母体であり、「山口組の最大勢力」(警察関係者)として当局からマークされている。

 そもそも山口組とは、組長はじめ、ナンバー2の若頭、舎弟、若中など、組員100人にも満たない組織である。だが、その組員は直系組長(直参)と呼ばれ、各々が二次団体、三次団体と複数の暴力団組織のトップとして君臨し、直参によっては、数千人の構成員を抱える組もある。つまるところ山口組直参に昇格した組長は、名実ともにトップ組織の一員となる。

 さて、正式発表こそされていないものの、新たな弘道会会長には、2代目体制で若頭を務めていた竹内照明氏が就任。そして、これまで2代目会長として組織を牽引してきた6代目山口組・高山清司若頭は総裁に就任するという。さらに、竹内会長の山口組直参への昇格も秒読み段階といわれている。

「一報を聞いた時は、正直耳を疑ったが、竹内さんが弘道会の3代目会長に就くことは前々から既定路線だった。高山若頭は現在一審で有罪判決を受けている状況で、控訴してもおそらく実刑を免れることはできないだろうから、将来、収監されて自身が舵取りをできず、弘道会が弱体化しないよう、基盤づくりに着手したのではないか」(東海地方の山口組組織幹部)

 2010年11月、建設業関係者に対する恐喝の容疑で逮捕された高山若頭だが、当時、司6代目は銃刀法違反により服役中。さらに、わずか2週間後には山口組ナンバー3の総本部長を当時、務めていた舎弟頭の入江禎・2代目宅見組組長まで逮捕、一時的ではあったがトップ3が不在という山口組創設以来の緊急事態を迎えたこともあった。

 高山若頭は、起訴された後の今年3月、京都地裁において恐喝罪で有罪となり懲役6年の判決を言い渡されている。その時点か、もしくは判決が出るずっと以前の逮捕された頃からか、あまり時間を置かずに竹内3代目体制を発足させるというプランを温めていたと思われる。そんな竹内会長に関しては、「ストイックだが、それは司6代目と高山若頭譲り。もちろん個人差はあるだろうけどヤクザとしての芯の部分が似ている。だから代替わりしたとしても、組織としての本質が変わらない。強豪ぞろいの山口組傘下組織の中でも、弘道会が別格と言われる要因はそこにある」(同)という。

 こうした組織改編の中、目下囁かれているのが山口組本家の代替わり、つまり司6代目の跡目として、7代目のイスにはどの親分が座るのかという話題だ。通常の組織ならば、トップ引退後はナンバー2のポジションにある若頭や理事長がその席に座る可能性が高いだろう。だが、そうスムーズには物事が運ばないのがヤクザの世界。現在の6代目体制で考えれば、高山若頭が7代目となるが、その線はないというのが大方の予想だ。それは先述したように高山若頭は近い将来、実刑判決が濃厚であるからということにほかならない。加えて司6代目が当代を退いた時点で、そのまま一緒に役職を外れるのではとの声も聞こえる。

「司6代目の不在中、高山若頭が全権を委任されていたときには、事あるごとに、功績を残した人材や、自身よりも渡世歴が長い親分衆でも構わず、バッサバッサとクビを切っていった。それだけに、高山若頭を親分に推す人はまずいないだろう。頭が切れる人だから、そのことは自分でもわかっているはず。トップが5年以上も懲役で不在なんて、並の組織だったら崩壊しているよ。でもそうならないために、あえて嫌われ役を買って出たという面もあったとは思う。だが、あまりにもドライというか情がなさすぎたというか、まさに恐怖政治そのものだった」(山口組関係者)

 山口組7代目人事については後述するとして、次からはここにきて何かと騒がしい6代目山口組の現状を見てみよう。

大物親分の告白本がもたらせた余波

 05年7月に発足した6代目体制は、そのわずか4カ月後、トップ不在という異常事態を迎えた。しかし先述したように、その間、高山若頭を中心とする執行部は、時に非情な采配を見せながらも、山口組の繁栄を支えてきたという経緯がある。

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山口組の幹部らによる自伝。(左/『鎮魂 ~さらば、愛しの山口組』盛力健児著、右/『憚りながら』後藤忠政著、いずれも宝島社)

 だが08年、経済ヤクザとして山口組の財政を支えた後藤忠政元舎弟(元後藤組組長)に除籍処分(直後に引退)が下されたときは、言い知れぬ緊張感が山口組全体を覆い、組織の屋台骨も揺らぎかねない事態に陥った。なぜなら、後藤元舎弟だけでなく、その処分に反発したとして、一気に10団体の直系組長らに対しても絶縁や除籍といった重い処分が下されたためだ。当の後藤元舎弟は自伝『憚りながら』(10年)を出版し多くの話題をさらったが、先日、山口組の知られざる内実を暴露した自伝『鎮魂』(いずれも宝島社)を上梓した盛力健児親分(現倭和会、旧盛力会元会長)も、あおりを受けて渡世から足を洗っている。

「あの『粛清』が行われたときは、話を聞いた誰もが凍りついた。特にトップが処分された団体の奴らは皆、自分がこれからどうなるのかわからないので戦々恐々としていたね。正直、何が起きていたのか当時はまったく知り得なかったが、この前、盛力親分の書いた『鎮魂』を読んでおぼろげながら見えた」(大阪の山口組傘下団体幹部)

 8月に発売された『鎮魂』は、山口組3代目から6代目までの興亡を克明に描き、ベストセラーとなった。

「しかし、読んでいるこっちが心配になるほど、大物幹部について実名で書かれているのには驚かされた。出版前から『何か山口組に関する本が出る』とは直参の間でも噂されていたものの、それでも出版されるまで、盛力さんが書いた本とは誰も知らなかったようだ。高山さんや入江さんに関しては、チクリと苦言を呈す箇所も散見できたが、いくら批判的に書かれたとしても叩かれ慣れているのか、気にしていない様子だとか。逆に総本部での定例会などで落ち着かない様子なのが、かつて盛力会で副会長として盛力親分に仕えていた倭和会・飯田倫功会長。本の中で元の親分に『あいつのせいで、オレは……』といった恨み節を延々と語られては、さすがに居心地悪いだろう」(全国紙社会部記者)

 これにより直系組長の間では、粛清されたほかの親分衆らも、暴露本を出版するのではないかと囁かれているという。無論、暴露されて困るような過去の事例はどこの組織でも抱えており、山口組にしても負の遺産とも呼べるウィークポイントがいくつかある。竹中組への対応は、そのひとつだ。

 竹中組は知る人ぞ知る、4代目山口組・竹中正久組長の出身母体。4代目体制時には実弟で山口組若頭補佐の竹中 武2代目が組長に座り、姫路や岡山を本拠として活躍していた。ところが竹中4代目誕生の際、組長とは認めないグループが山口組を割って出て一和会を結成。そこから山口組との間でヤクザ史上最大の「山一抗争」と呼ばれる激しい攻防戦が繰り広げられた。そして85年1月、竹中4代目は一和会のヒットマンに襲撃され、継承からわずか200日ほどで急逝。以降、一段と抗争は激化し多くの死傷者を数えるが、稲川会や会津小鉄会といった有力団体が仲裁に乗り出し、87年には抗争に終止符を打つことを山口組上層部は決定。ところが竹中組の竹中武2代目は、実兄で渡世上の親でもあった竹中4代目の仇を討てていないのだから抗争は続行するべきと譲らなかった。両者の主張は平行線、ついに渡辺芳則5代目の跡目決定を機に、武2代目は山口組を脱退してしまったのである。

「その後、両者の確執により『山竹抗争』が始まった。だが、いくらイケイケの武闘派としてならしてきた竹中組でも山口組本体相手では勝てない。次第に竹中組は弱体化して抗争も自然消滅。それでも竹中組は生き残ったからスゴい。武2代目は08年に亡くなる少し前まで迷彩服着てジープで岡山の街中を走ったり、竹中組の実録Vシネマのナレーションやったりと、存在感があったよ」(前出・大阪の幹部)

 そして数年前、若き日から竹中組に仕えてきたある側近が、長期刑を終えて出所した後、山口組の某直系組織に最高幹部として迎え入れられている。もちろん竹中組の名跡を継いではいないが、「近い将来の竹中組の復帰、さらには直参昇格への第一歩とも見る直系親分もいる」(同)ほどだ。もちろん、これを不満とする声もある。

「破門同然で山口組を去った組織が、そのままの名跡で復活したという例は皆無。ましてや、山口組に対して弓を引いた過去もあるから、それを問題視する親分衆も少なからず出て来る。とはいえ、司6代目は竹中4代目の誕生とともに直参に昇格しているので、かつての親であり恩人でもある4代目の出身母体を見て見ぬふりはできないはずだ。ただ山竹抗争の真っ最中、武2代目に会って引退と解散を迫ったのは、ほかでもない若頭補佐に昇格していた司6代目。ここで復活のチャンスを与えれば、組員らの司6代目への忠誠心が薄れる危険性さえある。復帰話が浮かんでは消え、浮かんでは消えしている理由は、そこにあると思う」(同)

 司6代目は組長に就任以来、他組織とも友好的な交流を深めるなど一貫して業界の平和路線の拡大に注力してきた。苛烈な取り締まりを続ける警察や司法に対し、ヤクザが昔のように力で物事を解決する時代は終わったとアピールしているかのようである。それゆえ、ここでかつての武闘派竹中組を復帰させるとなると、警察当局を刺激する材料としては十分であり、「組織固め」「暴力至上主義の復活」と騒がれることは容易に予想できるが、ヤクザ業界のある見方からすれば「前例のない危険を冒してまで名門を復活させたとすれば、司6代目はさらにカリスマ性を増すのでは」(同)とも取る向きがあるのだ。

 こうした問題を踏まえ、竹中組問題に対し、司6代目はどうアプローチするのか、それともタブーのまま放置するのか、その動向は7代目人事をも大きく左右するだろう。

世間の注目が集まる山口組7代目人事

 さて、こうした山口組内部では、前述した通り、弘道会の新人事が発表されるや、7代目にも注目が集まっている。では、そのイスに最も近い親分というのは誰だろうか?

「組織内で名前が挙がっているのは6代目山口組統括委員長の橋本弘文極心連合会会長。組織への貢献度は高く、今や執行部の顔。『山健にあらずんばヤクザにあらず』とされた名門・山健組の出身だが、世間的には島田紳助と昵懇だったヤクザの親分ということで話題になるなど、マイナスな部分もある」(九州の山口組系組織組長代理)

 それから前述した入江舎弟頭も有力候補の一角と目されていた。

「人望が厚かった5代目山口組・宅見 勝若頭の遺志を最も受け継いでいるひとり。まずは先代と同じ若頭に就任したのちトップへと上り詰めるかもしれないと思われていたが、70歳に迫ろうかという年齢がネックになったのか、舎弟頭に就任したことで7代目への道は閉ざされたかもしれない」(同)

しかし現在、最高幹部に名を連ねている親分衆だけが7代目候補とは言い切れない。実際、高山若頭の出世コースを例にとると、05年4月に山口組直参へと昇格したのち、同年6月には若頭補佐へと就任。さらに同年7月には中部ブロック長を兼任、同年8月には早くも現在と同じ若頭の座に就いているのだ。

 直参昇格からわずか4カ月で若頭に駆け上がったというスピードは、これまでの山口組を考えるとタブー破りと考えられていた。しかし、それをさらに超えるのではと注目されているのが、先の竹内3代目弘道会会長である。

「あまりにも急すぎるとの声が上がるのも当然だろう。それでも高山若頭が山口組直参に昇格する前月に、弘道会2代目会長を継承していたというタイミングから勘案すれば、9月に弘道会3代目を継承して、おそらく数カ月以内には山口組直参に昇格するとみられるペースはよく似ている。その後にトントン拍子で高山若頭からナンバー2の席を譲られることもとっぴな話ではない。そして司6代目から帝王学を授かった後、満を持して7代目を継承するというスケジュールがもう組まれている可能性はゼロではない」(前出・社会部記者)

 だが、そこは山口組。これほどまでに弘道会の力が増大すれば、ほかの系列団体が黙って見ているわけはないだろう。

「中でも、山健組の系列組織は黙っちゃいない。5代目山口組・渡辺芳則組長は山健組2代目組長だったわけですから、再び山健出身の橋本統括委員長の7代目就任を期待しているということです」(同)

 人をかき分けて前に出たり、人を踏み台にして上に昇ることは浅ましく見苦しいとされるものの、それをやらないとのし上がれないというのがヤクザ社会のシステム。表情には決して出さないが、見えないところでは男たちの思惑が蠢いているのだ。

(取材・文/本郷 海)

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