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萱野稔人と巡る超・人間学【第36回】

顔の社会的価値と自己意識

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

人はなぜ顔を“盛る”ことに駆り立てられるのか。SNS時代における顔の社会的役割から自己意識、感情理解への心理的影響まで、『顔に取り憑かれた脳』の著者である中野珠実氏に聞く。

今月のゲスト
中野珠実[大阪大学大学院情報科学研究科教授]

東京大学教育学部卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。博士(教育学)。順天堂大学医学部 助教、大阪大学大学院医学研究科・生命機能研究科 准教授を経て現職。情報通信研究機構(NICT)・脳情報通信融合研究センター(CiNet)主任研究員。身体・脳・社会の相互作用から生まれる心の仕組みに関する研究を行っている。著書に『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)がある。


萱野 中野さんは認知神経科学という分野で心の仕組みについて研究をされています。昨年刊行された『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)では《顔》に焦点を当てて心の仕組みを考察されており、そのオリジナルな切り口にとても刺激を受けました。顔は人間にとって極めて大きな意味を持つにも関わらず、このような研究は意外と少ないように思います。

中野 顔は私たちにとってすごく身近なものであり、他者との関係にも大きな影響を及ぼします。そのため、社会現象として考えられるところも多く、とくに近年ではテクノロジーの発展によって、顔の社会的役割が急激に変わってきているように感じています。

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スマホのアプリを使った画像加工の例。(写真/Getty Images)

萱野 たとえばSNSの普及は人間にとっての顔の重要性をさらに高めましたよね。自分の顔写真を美しく修整する〝盛る〟という行為は、いまや多くの人にとって当たり前の行為となっていますが、それだけ人びとは顔に大きな価値を見出しているということでしょう。もちろんそうした現象はテクノロジーの発展が可能にしたものではありますが、もともと私たちが自分や他者の顔に対して強い関心を持っているのでなければ、そうした現象自体、起こりえないものですね。

中野 日本でいえば、庶民が鏡を持てるようになったのは江戸時代になってからだといわれています。それまでは多くの人が自分の顔をいまほどよく知らなかったはずで、顔の価値は主に他人を見分けたり、他人の状態を知ったりするところにあったのでしょう。その後、誰もが日常的に鏡を使うようになったことで、顔は他個体の認識にくわえて自己を認識するためのものになり、それが自己意識や自分の社会的価値へと結びつくようになっていきました。さらに次の段階として、写真技術やSNSなどの発展によって顔は自己表現の手段として広く使われるものになっていきます。そこで顔の役割が他者とのインターフェイスから、自分の状態の認識、そして自分の理想像を表現するものに移行していったのですね。自己という、ある意味で実体がないものが、顔というアイコニックなもので表現されてとらえられるようになり、今はそれを操作することに執着しているような状態ではないでしょうか。

萱野 たんに自分の顔をよく見せようとするのでなく、さらに理想とする自分の像をつくり上げることに重きが置かれるようになったということですね。そこでは人びとは顔を通じてコミュニケーションしているようにみえて、むしろ自己完結してしまっている、と。

中野 そこには具体的な他者というものが存在せず、観念的な自己評価や社会的価値をイマジネーションでつくり出して、ひたすら理想像に近づこうとする閉じたループに陥っているようにみえます。そうやって“盛られた顔”に表れるのは、本人の理想像、あるいはコンプレックスやある種の歪みばかりになってしまい、他者からしてみると顔から得られる情報がむしろ少なくなってしまう。そのため、加工された顔に対する物足りなさみたいなものを感じることがこれから増えてくるのではないかと思います。

萱野 たしかに盛られた顔画像が本人の素顔とはまったく違うことは、いまや誰でもわかっていますから、そもそもそこから本人の顔の情報を得ようとはあまり思わなくなっていますよね。むしろそこからは本人の「こう見せたい」という欲望のほうが伝わってくるほどです。

中野 最近、若者たちの間で「BeReal.」という写真共有SNSが人気を集めています。これはスマートフォンにランダムに通知がきて、それを受け取ったら2分以内に自分の写真を撮影して投稿するというものです。つまり、写真の加工や編集ができないので、まったく盛っていない素顔を晒すことになります。ここで求められているのは、素の顔や表情であり、そこから得られるリアルな情報なんですよね。

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