――日本人とブラジル人とのハーフであるラッパー・あべともなり。いわゆる在日ブラジル人とも異なる立場であるが、そんな彼の音楽表現の背景には何があるのか? 本人に話を訊いてみた。
「犬が全裸で歩いている/何かに必死に吠えまくる/鳥が全力で飛んでいる/人間に怯えて飛びまくる」
そんな日本語詞をがなり立てる、あべともなりのPV「ヨルナンデス」がYouTubeにアップされたのは、約1年前のこと。日本人離れした風貌の男がラップするその異様なテンションの映像に、コアなヒップホップ・リスナーが少なからず反応した。
「親父が日本人で、母親がブラジル人です」というあべともなりは、現在28歳。ブラジルのレシーフェという都市に移住した親戚を頼って同地で働いていた父親は、母親と出会い、結婚した。その後、2人は日本に渡り、東京の足立区西新井で彼は誕生。公立の小中学・高校に通い、今も西新井で生活するが、在日ブラジル人の知人はいないそう。
「今でこそ西新井には黒人も白人もアジア人もいるけど、母ちゃんが来た頃はガイジンが全然いなくて『インド人が街に来た』と騒がれたらしい。俺も見た目はガイジンだから、小学生の頃はイジメられました。でも、それ以降は周囲はフラットに接してくれた。ただ、職質はよく受けましたね。一時期あんまり多かったんで、声を掛けられた瞬間に免許証を見せ、日本人だと証明するようにした。そうすれば警察はすぐに去るので」
少年時代、毎年夏休みの間はブラジルで過ごしたため、日常会話レベルのポルトガル語は使えるという。足立区の友人らとヒップホップにハマり始めたのは20歳頃。「ヨルナンデス」の歌詞は当時、近くを流れる荒川の土手の風景に着想を得て書いた。その後、ヒップホップから離れた時期もあったが、活動を続けていた友人に誘われて「ヨルナンデス」はスタジオで録音され、PVも撮られた。
しかし「ヨルナンデス」のリリックは、彼の出自がさほど表れているようには思えず、冒頭で取り上げたラインのようなナンセンスにも感じる動物の描写が散見される。
「ボサノバって今のブラジルでは全然聴かれてないんですけど、秀逸な歌詞の曲が多くて、なかでも好きなのが有名な『三月の水』。あの歌の最初は、感情が描かれてるんじゃなくて『棒、石、道の終わり』と物質が並べられてるんですけど、情景が浮かんでくる。それを俺は無意識にパクってるのかもしれない(笑)」
現在は父親が西新井で始めたブラジルの健康食品などを輸入する会社で働いている一方、EP(ミニアルバム)を制作中だという。そんな彼は、こちらの記事の在日ブラジル人とは境遇が違うわけだが、こんな話をしていた。
「日本に馴染めなかった母ちゃんは統合失調症になり、俺が中学生の頃にブラジルへ帰っちゃった。在日ブラジル人も見た目からしてマイノリティの人が多くて、まわりの日本人から怖がられたりすると思うけど、日本人の信頼も得ながら、自分たちが生きやすい環境を自分たちでつくっていってほしいですね」
あべともなり
東京は足立区出身のラッパー。ブラジル人とのハーフ。昨年、YouTubeに上げた「ヨルナンデス」が一部で話題に。制作中のEPのトラックは、新鋭グループFla$hBackSのjjjが主に手がけるとのこと。