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第1特集
稀代の悪役俳優が語る「東映俳優とヤクザの深い関係」【1】

【志賀勝】菅原文太に松方弘樹…伝説の斬られ役が見た仁義なき”京都芸能”タブー

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――ヤクザ映画『仁義なき戦い』シリーズをきっかけにブレイクした、“斬られ役・殺られ役・悪役”専門の俳優集団「ピラニア軍団」。その代表的な俳優のひとりが、志賀勝氏だ。東映の大部屋俳優としてデビューし、『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(フジテレビ)などのバラエティ番組でも活躍した彼の同期には、松方弘樹や北大路欣也らがいたという。そんな志賀氏が振り返る、東映とヤクザの深い関係、そして京都芸能タブーとは? かつて東映・京都撮影所に通い詰めていたという芸能ジャーナリスト・二田一比古が迫る――。

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(写真/中島光行)

 映画『仁義なき戦い』シリーズなどでお馴染みの、業界きってのコワモテ俳優・志賀勝。その顔つきと物腰から、“本職”の人たちからも一目置かれ、“そっち”の人間に間違えられたことも多々あるとか。“古き良き時代”の東映・京都撮影所の大部屋俳優出身ということもあり、酒やケンカのエピソードも枚挙にいとまがない。そんな志賀氏の「今だから言える東映時代の武勇伝」に、芸能ジャーナリストの二田一比古が斬り込んだ。

二田一比古(以下、) 大部屋俳優【編註:端役で出演している俳優たちのこと。全員まとまった大部屋を楽屋として使っていたことから名付けられた】時代はかなりヤンチャをされていたそうですが、印象に残っているエピソードから教えてください。

志賀 勝(以下、) 今だったら、法律でアウトになることばっかりやねぇ。例えば、基本的にタクシーはタダ乗りやった。

 運転手さんを脅すとか……?

 一緒に乗った役者仲間と車内でケンカを始めんねん。それで車を止めさせて、「表に出ぇや!」っていって、外でケンカする。そうすると、タクシーが勝手に逃げていくから。こっちは「金払わん」とは言ってへんねんで?

 役者さん同士だから、迫力があったんでしょうね(笑)。

 乗る前から打ち合わせしてんねん。その頃は売れてへんかったから、顔も割れてへんしな。

 志賀さん、当時は眉毛もなかったから、運転手さんも怖いですよね。お酒も相当飲まれたそうですし。

 あぁ、飲んだねぇ。

 飲み代はすべて、東映持ちだったんですか?

 いや、全部親父(俳優の加賀邦男)のツケや。それで仲間にも飲ませてたから、お中元はオレのところに店から贈られてきとったわ。

 飲み屋では、ケンカもしょっちゅうだったそうですが。

 まあ、俳優仲間の川谷拓三なんかは、飲んではケンカ相手がおらんか探してたね。オレもケンカしたけど、その時は殴られながら川谷がどんな顔してるかを見て、「あの表情を次の撮影で使おうかなぁ」なんて考えてたんだわ。

 演技を実戦で学んでいたんですね(笑)。殴り返したりはしなかったんですか?

 もちろんやり返すけど、普段から相手に当てないよう、ケンカの演技をしてたから、いざ実戦になったら当たらへんねん(笑)。

 クセになってたんですね。

 やられる時もオーバーやから、相手もびっくりするしな。

 当時の大部屋俳優さんって、お金の保証はあったんですか?

 多少はあったね。オレが東映に入った1960年当時で、日当が250円。今でいえば、820円くらいやろか。映画に出始めたのがその2年後くらいからで、その頃には750~1000円(3000~4000円相当)になったな。そこに、固定給が月2万円(8~10万円相当)ついた。

 1カ月仕事がなければ、固定給だけになると。

 せやで。しかも給料日になると、撮影所の前で借金取りが待ち構えてんねん。せやから、毎月25日は「逃げる日」やったわ。

 そんな状況では、日当と固定給だけで生活するのは、かなり苦しかったでしょう。

 撮影中に、チャンバラの刀とか、ケンカのパンチが当たってしまったら、当てた主役が手当として5000円くれんねん。それで、わざと当たりにいく“当たり屋”もおったな。

 1回殴られるだけで5000円とは、いいお金ですね。

 でもな、そんなんばっかやから、主役の付き人がチェックしてるんやわ。「今のはわざと当たりに行ってましたよ」「なに? じゃあ、2000円や!」って(笑)。中村錦之助さんや、大友柳太朗さんは上手だから絶対に当てへんけど、菅原文太さんなんかは、頭が悪いから、よう当ててきよったわ。

 頭が悪いって(笑)。

 ほんまに当ててるんやから、そらうまく映るわな(笑)。

 危険なシーンの撮影とかにも、手当は出たんですか?

 ビルから飛び降りるシーンなんかだと、“危険手当”で5万円もらえたな。今でいうと30万円くらいやろか。

 すごい額ですね。でも、代わりにケガをしても、補償はない。

 ないね。ほかにも、鶴田浩二さんの映画で、汽車の上から駅の窓に飛び込むシーンがあってな。それをやったら、危険手当とは別に、鶴田さんがポケットマネーで10万円くれたんや。

 東映からの手当の倍じゃないですか。日当は出番の長さによって増えるんですか?

 いや、長さというよりは、出る本数によってやね。当時は1日何本も撮影しとったから。

 昔の映画は2本立てでしたからね。作品数も多かった。しかし、斬られ役には、セリフはほとんどなかったのでは?

 殺されて「ギャー」って言うぐらいやなぁ。

 初めてもらったセリフって、今でも覚えてます?

 覚えとるよ。いざ、本番になったら震えちゃって、「金くらい、借りたら済むやないかい」っていうセリフが出てきぃへんねん。うまくいかなくて、監督に「君、もういいから帰りや」って言われて、交代させられたんよ。

松方弘樹と飲み明かす雄琴のソープと酒の伝説

 もともと、東映の大部屋にはどうやって入ったんですか?

 確か、一般募集やったと思うわ。200人くらいの応募があって、50人が合格してな。オレはそのうちのひとりや。

 どんな試験だったんですか?

 試験なんてあらへん。履歴書だけや。面接もないで。

 え? まさか、履歴書の写真の顔を見ただけとか……?

 そういうことやね。大部屋俳優なんて、誰でもいい。だから、運だけやで。

 となると、辞めていく人も多そうですね。

 半分は辞めるね。オレは撮影所の近くに実家があったからよかったけど、よそから来た人は下宿を借りなあかんでしょ。お金がかかってかなわんわな。

 撮影所では、主役クラスの錦之助さんや文太さんらと、まともにお話できるんですか? 挨拶に行って顔を覚えてもらったりとか。

 挨拶は何度も行っとったよ。オレは錦之助さんが好きだったから、真っ先に挨拶に行ってたんやけど、そうしとったら先輩に怒られたね。「片岡千恵蔵さんや大友柳太朗さん、市川右太衛門さんたちが先や。錦之助さんとこに先に行ったらあかん」って。

 やはりそこは縦社会。序列を守れということですね。しかし、そこで名前と顔を覚えてもらえれば、飲みにも連れて行ってくれる。

 そう、錦之助さんの家には、スタッフと一緒に呼んでもらったりしてたね。

 一番かわいがってくれた俳優さんも、錦之助さんだったんですか?

 いや、それは松方弘樹さんやね。同期やったし。

 同期なのに「さん」づけで呼ぶんですね。

 向こうは主役やからな。松方さんはマサルって呼んでくれて、オレも場所によってはお兄ちゃんとか弘樹ちゃんって呼んでたけど、弘樹とは呼べへんかったわ。

 松方さんの京都の豪邸にも行かれたりしてました?

 よう行っとったよ。松方さんの親父さんが経営する、雄琴(滋賀県)のソープにもね。そこもタダや。

 おお、僕も昔、東映の俳優さんたちに雄琴に連れていかれたことがありましたよ。それは、そういうことだったんですね(苦笑)。

 向こうは主役やけど「志賀は同期の桜や!」って言ってくれてな。それにお互い酒好きやから、酒でもライバルやったな。

 一番飲めた頃って、お酒はどれくらいの量を飲んでたんです?

 よう聞かれるけど、そんなんわからへんわ。飲みに出かけたら、家に帰るのが2日後やもん。

 飲みに行って、酔い潰れてどこかで寝て、起きたらまた飲みに行くと。

 寝ない。眠くならんもん。場所と相手を変えて、2日間ずーっと飲み続けんねん。

 ずーっと飲んで、演技の話なんかをするわけですか?

 そんなんせぇへんよ。ケンカの話ばっかりや(笑)。

 撮影の打ち上げなんかでも、パーッと飲みにいきますよね。

 打ち上げが一番楽しかったねえ。主役の小林旭さんなんか、打ち上げの飲み代を自腹で全部払ってたからね。ほかの主役は出さへんよ。まあ、オレがいると酒代がかさむしな(笑)。

 昔のスターは、飲み方もすごかったですよね。

 (石原)裕次郎も、そういう飲み方やってん。

 旭さんと裕次郎さんはそこでも張り合ってたらしいですね。お互いが行く店には絶対に行かないで、その店の黒服同士も「昨日は旭さんがこんな飲み方をした」「うちだって、裕次郎さんが~」なんて張り合ってたと聞きます(笑)。そこに、勝新太郎さんも加わって。勝さんは店にいる人みんなにおごっちゃうから、相当ツケがたまっちゃってね。

 裕次郎と錦之助さんと勝新さんは仲がよかったなぁ。でもみんな酒で早死にしちゃったもんなぁ。松方さんも真似して、同じような飲み方しとったわ。

 もう、そんな飲み方を受け継ぐ人っていないでしょうね。

 ああ、松方さんが最後やな。

山口組の構成員に見えた!? 写真誌に撮られない悲しさ

 松方さんといえば、最近はパチンコの一日店長をよくやっていらっしゃいますよね。松方さんと梅宮辰夫さんクラスで、ギャラが1件200万円にもなるんだとか。

 松方さんは、もっともらってるんとちゃうかな。前にそれやって1000万円もらったって言っとったで。

 そんなにもらえるんですか。今は、昔と違ってタニマチがつきにくくなりましたけど、パチンコはまだまだ羽振りがいいとは、本当なんですね。ちなみに、志賀さんは、お金をパーッと使ったりはしなかったんですか?

 しとったよ。70年代後半くらいからバラエティ番組に出るようになって、東京の仕事が増えた時には、一晩で(当時の)30万円くらい使ってたな。

『欽ドン(欽ちゃんのドンとやってみよう!)』に出ていた頃ですね。志賀さんの顔は、バラエティに出ちゃいけない顔なのに、よく出てましたよね(笑)。

 オレを出した、欽ちゃんが偉いよ。それで人気が出て金ももらえたし、歌も出してたから、よくヤクザに呼ばれたりもしてな。1回の営業につき、3曲歌って80万円くらいもらってたから、東京で仕事した時は、安岡力也とよく飲んどったな。あいつといると、女の子にモテんねん。

 当時は、ヤクザに呼ばれるのって普通でしたからね。

 そうやで。昔、山口組の襲名披露に呼ばれたことがあって、若い衆と歩いてたんや。そこに写真週刊誌が張っていて、呼ばれた芸能人を撮ってたんやけど、オレは組員だと思われてな。芸能人やのに、撮られへんかったんやわ。あんときは、寂しかったな(笑)。

 私服のスーツも、本職の方々と同じものを仕立ててたんですよね? 『仁義なき戦い』の出演者の方って、みんな本物みたいなもんでしたよ。

 実際、本物も通行人役とかで出とったしな。仕草とか道具の使い方とか、指導にも来てくれんねんけど、オレには教えてくれへんねん。「あんたには負けるわ」って、本職が言うねんで。

 その本職の方の気持ちは、わかります(笑)。私がお会いした俳優さんたちの中で、志賀さんと、元愚連隊隊員で安藤組組長だった安藤昇さんは、ダントツで怖かったですからね。

 安藤さんは怖いな。わかるわ。安藤さんが18年服役して出所した時に、撮影所に挨拶に来てくれて話したんやけど、さすがに縮こまってしまったわ。

 志賀さんでもですか。まあ、安藤さんは別モノですよね……。

 今だったら、あの人が映画に出るのもあかんやろな。ほんま、懐かしいわ。

(構成/高橋ダイスケ)

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志賀 勝(しが・まさる)
1942年、京都府生まれ。東映・京都撮影所の大部屋俳優としてデビュー。下積み時代より、時代劇やヤクザ映画の悪役・斬られ役を中心に活動してきた。『仁義なき戦い』では、後に「ピラニア軍団」として売り出される室田日出男・川谷拓三・岩尾正隆らと共に名演を見せる。70年代後半からは、テレビ番組『欽ちゃんのドンとやってみよう!』にレギュラー出演し、昨今は、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』の「笑ってはいけない」シリーズにも出演するなど、幅広く活躍している。


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二田一比古(ふただ・かずひこ)
芸能ジャーナリスト。青山学院大学法学部卒業後、男性週刊誌などを経て、フリーとして独立。テレビなどでコメンテーターとして活躍する傍ら、安室奈美恵の母親が娘・奈美恵の生い立ちを綴った『約束』(扶桑社)、赤塚不二夫氏の単行本の出版プロデュースなども手がける。現在は『おはようコールABC』(朝日放送)などに出演中。

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