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澁川祐子の「味なニッポン戦後史」【11】

「陳建民が最初に紹介」はガセ 麻婆豆腐が食卓を席巻した真相「辛味」(前篇)

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甘い、辛い、酸っぱい……日本の食生活で日常的に出くわす味がある。でも実は、“伝統”なんかではなく、近い過去に創られたものかもしれない――。味覚から知られざる戦後ニッポンを掘り起こす!

【澁川祐子の「味なニッポン戦後史」】
【1】専業主婦率上昇で浸透した「だし」をめぐる狂騒 「うま味」(前編)
【2】魔法の白い粉「味の素」の失墜と再評価 「うま味」(中編)
【3】無形文化遺産登録で露呈した伝統的な「和食」のほころび 「うま味」(後編)
【4】専売制下で誕生した「自然塩」の影にマクロビあり 「塩味」(前編)
【5】地名を冠した塩商品の爆増と「日本人は塩分を摂りすぎ」問題 「塩味」(後編)
【6】終戦後の砂糖不足で救世主に 「人工甘味料」バブルと転落 「甘味」(前編)
【7】カロリーゼロから高糖度の野菜まで 「甘い」をめぐる大転換と二律背反「甘味」(中編)
【8】サラリーマン社会の衰退で始まったスイーツのジェンダフリー 「甘味」(後編)
【9】「体にいい」飲む酢や酢大豆が流行 忍び寄るフードファディズム 「酸味」
【10】「若者のビール離れ」は本当か? 「苦味嫌い」の裏にある日本の画一化と格差 「苦味」

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明治時代初期に伊藤圭介が著した『番椒図説』。6ページにわたり、さまざまな形のトウガラシが描かれている。

大学時代、知り合った頃は辛いものが苦手だと言っていた友人が、キムチを口にしたのをきっかけに、次第に辛いものにハマっていった。折しもタイ料理をはじめとしたエスニック料理が流行っていた1990年代半ばのことだ。いつしかトムヤンクンにも動じなくなった彼女の姿を通し、人は辛さに慣れ、エスカレートしていくことを目の当たりにした。

その頃から約四半世紀。激辛ブームは寄せては返す波のように定期的に到来する。日本人がこれほど辛さを求めるようになった源流はどこにあるのだろうか。

辛味は味覚ではなく、痛みと同様に刺激として痛覚や温覚に作用する。日本で古くから使われてきた辛味食材といえば、ワサビ、サンショウ、ショウガ、ニンニク、カラシ、コショウ、トウガラシなど。ほかにダイコンやネギといった香味野菜もある。そのうち新参者ながら、今や辛味ネタの中心に君臨しているのがトウガラシだ。

トウガラシが伝来した経路や時期には諸説あるが、普及したのは江戸時代である。食用はもちろん、薬の原料や防虫剤、観賞用と、用途は多岐にわたっていた。エレキテルで有名な平賀源内(1728~80年)によるトウガラシの図鑑『蕃椒譜』では61品種が、また博物学者の伊藤圭介(1803~1901年)が明治初めに著した『番椒図説』では52品種が絵入りで解説されている。「蕃/番椒」とは外国から来たコショウという意味で、トウガラシを指す。松島憲一著『とうがらしの世界』(講談社、2020年)によれば、現在日本で確認できる在来品種はざっと40種というから、今より多様だった。

とはいえ、ほぼ同じ時期に伝わったとされる韓国が真っ赤なチゲやキムチを生み出したのと異なり、日本料理でのトウガラシの使い方はずっと控えめだった。一味唐辛子や七味唐辛子に代表されるように、味のアクセントとしてほどほどに加えられることが多かったのである。それはワサビやショウガにしても同じだ。そんななか、辛味のワンオブゼムでしかなかったトウガラシを一躍主役へと押し上げたのは、異国の見知らぬ料理だった。

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