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小原真史の「写真時評」【110】

マス・ツーリズムの誕生【下】

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――過去から見る現在、写真による時事批評

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「トーマス・クック&サン(シカゴ)」1892年頃、著者蔵

新型コロナウイルス・オミクロン株の強力な感染力は、旅行という娯楽からまたしても人々を遠ざけてしまった。思えば、大衆が気軽に海外旅行に行けるようになって、まだ百数十年しか経っていないのだ。我々は、トーマス・クックが成立させたマス・ツーリズムと公衆衛生の整備が深く結びついていたことを、この2年間思い知らされている。

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「シティ・オブ・エルサレムにおけるトーマス・クック社のオフィス(セントルイス万博)」1904年(写真:Hulton Archive/Getty Images)

19世紀の終わり頃、イギリス紳士たちの旅行先・社交場として人気を博していたのは、冬のエジプトだった。この地に惚れ込み、観光産業に力を入れたのは、トーマス・クックの後継者であるジョン・メイソン・クックである。エジプト最大の産業となっていた観光業を支配するジョンは、現地では王のように見えたという(ピアーズ・ブレンドン『トマス・クック物語 近代ツーリズムの創始者』石井昭夫訳、中央公論社、1995年)。クック社の支店があったカイロのシェパードホテルは、オリエンタル風の豪華な内装で飾られ、エレベーターや電燈、レクリエーション施設なども整備されていた。

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「シティ・オブ・エルサレム(セントルイス万博)」1904年(写真:Photo12/Universal Images Group via Getty Images)

ジョンはイタリアのベスビアス火山に登る登山電車に目をつけ、投資を行うなど、海外の観光地のインフラ整備に尽力した。1896年には、自らドイツ皇帝ウィルヘルム2世を案内してベスビアスに行き、その後に皇帝の大規模なオリエント観光団のツアー受注につなげている。ジョンの時代には、クック社は、国家レベルの事業を任される御用会社に成長していたといえるだろう。

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