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第2特集
DDTプロレスリング25周年記念 大社長インタビュー

“プロレス”の現在と未来 高木三四郎、コロナ禍に轟く

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――コロナ禍に陥って丸2年、さまざまな業界が打撃を受けているが、観客を入れる興行で成り立っているプロレス界もご多分に漏れず苦しい時間を過ごしている。そんな中、攻めの姿勢を崩さず独自の路線で成長を続けるのが「DDTプロレスリング」だ。旗揚げから25年という節目の年を迎える今、創立者である高木三四郎は、プロレスとエンタメの未来をどのように見据えているのか――。

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(写真/西村満)

プロレス業界でひときわ異彩を放つその人。トレードマークの“大社長Tシャツ”に身を包んだ、現役プロレスラー兼株式会社CyberFight(サイバーファイト)の代表取締役社長・高木三四郎だ。無類のテレビっ子だった高木が、メディア周りの仕事で得た「人とのつながり」を武器に、まったく新しいタイプのプロレス団体「DDTプロレスリング」を立ち上げて25年。自己資本に限界を感じ、サイバーエージェントCEO・藤田晋に傘下入りを直談判。年商わずか500万円だったDDTは上場企業のグループ会社「CyberFight」となり、いまや新日本プロレスなどの老舗メジャー団体と肩を並べる存在となっている。

業界の“慣習”にとらわれない高木の斬新な経営戦略は、時に批判を浴びながらも、プロレス界に常に新たな風をもたらし続ける。このグラビアで一緒に肩を並べる所属レスラー「ヨシヒコ」選手は、その象徴。新しいこと、面白いこと、お客さんが喜ぶこと。高木が目指すエンタメとはなんなのか? DDTが歩んだ25年を振り返りつつ、コロナ禍に立ち向かう業界の未来を占う。


――まず、かつては「どインディー」と呼ばれていたプロレス団体が25年も続くこと自体がすごいと思うのですが、プロレスに出会うまでの高木さんはどんなことをされていたんですか?

高木 父親がテレビ局の局員だったこともあって、テレビ好きだったんですよ。制作現場にも、小さい頃からよく行ってましたね。ブラウン管を通してというより、裏側のほうからテレビを見ることで、そういう仕事をやりたいって思うようになりました。大学入学を機に上京したのも、テレビに出たかったからです。エキストラをマネジメントしているサークルに入ったんですけど、いつしか自分が人を集める側になってしまった。

――「集める側」とは、具体的にはどういう?

高木 ある時、テレビ局側から「リアクションの良い女の子を20人集めてきて」と言われて。そこで思いついたのが、新宿アルタ前に行って『笑っていいとも!』(フジテレビ)の観覧終わりの子たちをナンパするという方法。その時にギャラで10万もらえて「こんないい仕事があるんだ」って。そんな経緯で仕出し屋(編註:エキストラ等の人材派遣)を始めて、界隈で名前も知られるようになった。でも、テレビの世界は徐々にヤラセ的なものがダメになってきたのと、局側も景気が悪くなってきて下火になりました。そこで今度は業界で築いてきた人脈を生かしながら、イベント業に乗り出しました。1990年代の頭、当時の学生起業、今でいうスタートアップのはしりでしたね。

――プロレスとは少々異なる方向に進んでいたんですね。

高木 それが、24歳のときに神奈川の屋台村でやっていたイベント型のプロレスに携わることになったんです。もともとプロレスは好きだったんで、練習を見させてもらってるうちに「これ、俺もできそうだな」と思って。そんな感じでプロレスラーになってしまいました(笑)。

――こう言ってはなんですが、半ば思いつきのようにレスラーになって業界に飛び込むことに不安はなかったですか?

高木 プロレス業界に入った時は、もちろん選手としてはペーペーでしたけど、興行を考えると、イベント屋をやっていた頃に主催してたパーティよりは全然規模が小さかったんですよ。インディー団体だと1000人集めるのも厳しい時代だったけど、僕はヴェルファーレで4000人集めたこともありましたから。まともにプロレスをやっていてもダメだろうと思って、トレンドを取り入れることをまず考えました。はやっていた渋谷のクラブにリングを持ち込んだりして。

――プロレスという古い歴史のある業界で、新興団体が新しくて奇抜なことを始めるとなると、批判も起こりそうです。

高木 いろいろ言われもしましたが、どっちかっていうと、プロレスのマスコミから相手にされていなかったです。「週刊プロレス」(ベースボール・マガジン社)に特集されたいと思っても無理だった。で、なんとか目立つようにと、仕込みで会場にコギャルを呼んだんですよ。「ホットドッグ・プレス」(講談社)のライターさんと組んで発信した“ギャルが集まるプロレス団体”っていうのが一気に広がって、深夜番組や雑誌に取り上げられて、それでようやく「週プロ」から取材依頼が来ました。こういう「アイデア次第」的な考え方は、今でもベースにありますね。

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