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写真時評~モンタージュ 現在×過去~

「富士の写真家」(上)

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「湖畔の春」(本栖湖)、1935年5月2日、岡田紅陽写真美術館蔵

 岡田紅陽(本名:岡田賢治郎)の名を知らずとも、現行1000円札の裏面に印刷された富士山を知らない人間は少ないだろう。これは紅陽が本栖湖畔で1935年に撮影した「湖畔の春」(本栖湖)【上画像】が原画になっており、旧5000円札の裏面にも同作品を元にした富士山が大きく印刷されていた。また、38年に発行された50銭政府紙幣にも「嶺は晴れゆく」(越前岳)が採用されていたように、彼の撮影した富士は戦前・戦後を通して広く人々の目に触れてきた。紙幣以外にも切手の原画になることもあり、今でも宿泊施設のロビーや会社の応接室などで紅陽の撮影した富士山に出会うことが少なくない。我々は、知らず知らずのうちに彼の写真に身近に接してきたのである。

 紅陽は、生涯にわたり富士山を撮影し続けた写真家で、14年から72年まで40万枚にも及ぶ富士写真を撮影したといわれている。富士山に取り憑かれたといっても過言ではないが、最初に撮影したのは、早稲田大学在学中に友人のカメラを借りて河口湖畔を訪れた際のことであった。湖面に写る逆さ富士と満開の桜のコントラストに目を奪われ、夢中で撮影したという。以後、新聞の懸賞などへの応募を繰り返しながら、写真の技術を磨いていった。20年には、その腕が認められ、東京府の専属写真家となり、各地の観光写真を撮影するようになる。

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