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写真時評~モンタージュ 現在×過去~

「神国日本」の残滓(下)

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朝鮮神宮、韓国・ソウル特別市中区、2009年

 戦前・戦中の「海外神社」には、日本政府や軍が皇民化教育の一環として創建した「政府設置神社」と、日本人移民有志らが創建した「居留民設置神社」があり、合計で1600社以上もあったといわれている。写真家の稲宮康人は、かつての日本の版図に残る「海外神社」の痕跡と本土の神社を訪ね、200カ所以上も撮影してきた。

 国家権力や宗教的権威が風景の中に刻み込んだ痕跡は、現地住民の営みによって手を加えられ、自然によって徐々に消えうせ、国家権力や企業によってドラスティックに改変されてきた。多くの「海外神社」では、鳥居や階段、礎石など堅固な石材のみを残しているか、その痕跡さえもが消えうせているのだが、稲宮はそこに存在していない「海外神社」の残像を現在の風景に重ね合わせるようにフレーミングを選び取っている。あるいは、その試みが挫折するほど変容した風景を冷徹にとらえることで、両者の差異を浮かび上がらせる。

 満州事変の戦死者などを祭神としていた長春の建国忠霊廟の回廊には、文化大革命のスローガンがいまだ残る。また、ソウルの朝鮮神宮跡【上画像】のある南山には戦後、李承晩や金九の銅像が作られては撤去され、現在は安重根義士記念館などが建っているという。8月14日には、 南山公園の一画で手を取り合った朝鮮、中国、フィリピンの少女をモチーフにした慰安婦像の除幕式があったばかりだ。

 モニュメントは、「気づかせる」や「想起させる」という意味のラテン語からの派生語であり、過去の記憶をシンボリックに指し示すが、南山のようにソウルを象徴する重要な場所のモニュメントは、常に上書きされる可能性に開かれている。記念される出来事の内容は、現在との関係性において決められるからだ。

 このシリーズには、観光地として再建されたサイパン島の彩帆香取神社やパラオの南洋神社など戦後に造られた「海外神社」の写真も含まれている。神社の再建は、遺骨収集団や慰霊団に代表されるような日本人観光客の積極的誘致という現地政府の思惑を反映したものだという(中島三千男『海外神社跡地の景観変容』御茶の水書房、2013年)。戦前にアジアの中の軍事大国として版図を拡大した日本が戦後に経済大国として台頭したがゆえに、一度消失したはずの神社が再び蘇ったわけだ。時代の流れが「海外神社」を創建し、破壊し、ときに再建するのである。

 また稲宮は、消失した「外地」の「海外神社」跡と今なお多くの参拝客を集める「内地」の神社の写真を並置することで、歴史の過程で大きく変容した風景とわずかしか変容しなかった風景とのコントラストを強調する。あるいは、台北の旧台湾護国神社跡に造られた国民革命忠烈祠と京都の平安神宮のような、類似した構造をもつ神社の並置によって共通の文化圏を見いだしている(神奈川大学日本常民文化研究所非文字資料研究センター編『帝国後 海外神社跡地の景観変容 稲宮康人写真展図録』2012年)。その意味でこのシリーズは、かつて存在していた「海外神社」と現在の風景の差異を縦糸に、現在の「内地」と「外地」の風景の差異を横糸にして編まれた複雑な織物なのだ。

 稲宮によれば、階段の左右に住宅が並んでいた京城護国神社の参道跡地には、現在エスカレーターが設置されているという。あらゆる場所が潜在的な跡地であると同時に次なる建築物のための予定地であることや写真に写された風景が今も同じように存在している保証などどこにもないことは、戦前・戦中よりも「近い過去」の一断面を示す「海外神社」跡の写真がよく物語っているだろう。

 1945年にGHQが日本政府に発した覚書「神道指令」によって「国家神道、神社神道ニ対スル政府ノ保証、支援、保全、監督並ニ弘布ノ廃止」が決定され、「海外神社」のほとんどはその機能を停止したが、本土の神社は戦後を生き延び、その一部が右派団体「日本会議」の支援を得て再び政治の表舞台に返り咲いている。まるで国家神道の亡霊が蘇ってきたかのようだ。それにしても、歴史ある神社の境内に「憲法改正の実現を」という幟が立っている風景など、10年前には想像だにしなかった。遠い未来、神社を取り巻く風景がどのようなものになっているのかは、「神のみぞ知る」のかもしれない。

小原真史
キュレーター、映像作家。監督作品に『カメラになった男―写真家中平卓馬』がある。著書に『富士幻景―近代日本と富士の病』、共著に『時の宙づり―生・写真・死』『戦争と平和―〈報道写真〉が伝えたかった日本』がある。IZU PHOTO MUSEUM研究員として荒木経惟展、宮崎学展、小島一郎展、増山たづ子展などを担当した。

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