サイゾーpremium  > 連載  > 過激なコラムニスト発掘!CYZO COLUMN CURATION  > 【アイドル・西田藍】「選び取られたセーラー服の歴史」
連載
【CYZO COLUMN CURATION】西田藍のアイドル的"制服"偏愛論【7】

【アイドル・西田藍】「選び取られたセーラー服の歴史」

+お気に入りに追加

――ミスiD2013の文芸アイドルが業深き"制服愛"を語り倒す!

1411_ccc_01.jpg
読者のみなさま、またどこかでお会いしましょう!

 学校制服はいつから、今のような女の子が楽しむ服になったのか? 校服研究協議会が発行した『学校制服の歴史と変遷』という冊子の結びには「日本人の女性観の変遷をあらわすものでもある」とあり、女子学生服の歴史の波瀾万丈さが表れている。その流れは以下のようなものだ。

――明治に入り、日本初の女学校、東京女学校では、「和服で椅子に座るのは裾が乱れる」「もっと活動的な服を」ということで、男性の袴を着用することにした。他の学校にも取り入れられたが、明治16年、文部省は男袴の着用を禁止。その後採用されたのはバッスルスタイル。後ろが大きく膨らんだドレス姿で、ごく一部の女性が着用をした。しかし、洋装化を推し進めた森有礼文部大臣が暗殺されると、女学生たちの服装は和服に戻る。当時、「洋装ははしたない」と思う層はまだ多数派だったのだ。今の中学高校に当たる女子の中等教育機関、高等女学校が制度化されたのは明治32年。その次の年、やっと卒業式の衣装でもおなじみ、袴姿のハイカラさんスタイルが生まれる。この袴は女袴といって、男袴を改良したもの。関東大震災で女性に動きやすい服装をという機運が高まり、それ以前は反発があった女性の洋装化が進んだ。欧米ではすでに女性の服としてセーラー服が浸透していたこともあり、最初はミッション系の学校の外国人教師が運動着として導入したのがセーラー服。これが全国に普及した。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2026年11月号

ドーパミン時代の沼化するエンタメ業界

ドーパミン時代の沼化するエンタメ業界
    • 「沼化」するエンタメ業界
    • 膨らみ続けるグラビア市場
    • SNSがつくる「あなたの好み」
    • 映画界ハラスメントの実態
    • ゲーム実況者の高齢化問題
    • PS、ディスク販売廃止の衝撃
    • 私たちは「ドパガキ」なのか
    • AI時代の「生歌」の価値
    • 「ニコ生ホラー」とは何だったのか
    • テクノロジーが広げる学びの未来
    • AI時代のサイバー攻撃
    • リングを彩る美女たち
    • 〈Cosplay beauty〉もちむぎ

NEWS SOURCE

インタビュー

    • 滝藤賢一、名バイプレイヤーの境地
    • 唯一無二の音楽家・水槽
    • 小八重葵美が得たもの

連載

    • [マルサの女]高橋凛
    • 神保哲生×宮台真司の「TALK ON DEMAND」
    • 萱野稔人と巡る「超・人間学」
    • ドクター苫米地に聞け!
    • 井川意高の天上夜想曲
    • 韮原祐介の匠たちの育成哲学
    • 辛酸なめ子の「佳子様偏愛採取録」
    • GROOVE SEQUENCE
    • 笹 公人×江森康之の「念力事報」
    • 町山智浩の「映画でわかるアメリカがわかる」
    • 花くまゆうさく『カストリ漫報』
サイゾーパブリシティ