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宇野常寛の批評のブルーオーシャン 第42回

『あまちゃん』の時代

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──既得権益がはびこり、レッドオーシャンが広がる批評界よ、さようなら!ジェノサイズの後にひらける、新世界がここにある!

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『あまちゃんメモリーズ  文藝春秋×PLANETS』

 ほとんど社会現象と化していたNHK連続テレビ小説『あまちゃん』が最終回を迎えた。

 最終回直後の正直な感想を述べさせてもらえれば、僕はこの作品を仮に「採点」するなら100点満点で98点をつける。しかし、個人的な思い入れはまったく見つけることができなかった。かといって批判的なわけでもなく、毎朝楽しく見ていた。けれど、『木更津キャッツアイ』や『マンハッタンラブストーリー』に出会ったとき(ちょうど10年ほど前だ)の、この作品の素晴らしさ、そしてこの作品から得た刺激で広がった思考について世界に全力で訴えなければ自分は死ぬ、といった気持ちは今回の『あまちゃん』からは受け取ることができなかった。

 それは僕が単に歳を取ったということかもしれない。しかしそれ以上に今、感じているのはクドカンは『あまちゃん』をどれくらい信じていたのだろう、ということだ。もちろん、作品としての『あまちゃん』には全力投球だっただろうし、その可能性も信じていただろう。しかし、『あまちゃん』というタイトルに込められたアマチュアリズム(が象徴するもの)をクドカンが信じていたかは微妙だと僕は思う。

 解題すると、この物語には2つの軸がある。ひとつ目の軸はヒロインの母・春子(小泉今日子)の物語だ。アイドルを目指し故郷(岩手)を捨てて上京したものの、芸能界に利用されて、人気女優・鈴鹿ひろ美の影武者(音痴の鈴鹿の歌だけを吹き替える役)にされ、夢を絶たれる。その後、専業主婦となり味気ない生活に疲れ果てて離婚を決意する……。そんな彼女が過去を清算し、プライドと家族を回復するまでの物語だ(そして春子の挫折は「失われた20年」で衰微した地方〈東北〉、歌番組が代表する「テレビ」の時代、そして日本社会そのものと重ね合わされている)。

 もうひとつの軸はヒロイン・アキの物語だ。パッとしない女子高生だったアキは両親の離婚で母親の実家・岩手に移り住み、その濃密なコミュニティに感染し、祖母に憧れて海女になる。そして憧れの先輩の影響で潜水士になり、最後には親友の影響でアイドルを目指す。アキは常にミーハーな興味からコロコロと夢を変え、何をやっても中途半端だ。しかし、その「軽さ」のようなものが周囲を勇気づけていく。タイトルの『あまちゃん』とは、何をやってもアマチュアである彼女を意識したタイトルでもあるだろう。

 そして最終回を迎えた今振り返ると、物語の重心、描写の配分共に、作者たちの興味は前者に傾いていたように思える。「失われた20年」を正しくやり直し、そのあり得たかもしれない可能性を引き出すことで震災後の日本に向き合う。音痴のはずの鈴鹿ひろ美が架空の流行歌(「潮騒のメモリー」)を見事に歌い上げ、そのプロフェッショナリズムが被災地を癒やしていくシーンは本作の白眉だろう。

 もちろん宮藤は、現代においては「アマ」チュアリズムだからこそ届くものが大きくなっていることに敏感だったからこそ、この作品を書いたのは間違いない(アキの「アマ」チュアリズムの力でほかの誰よりも勇気づけられたのは、母親の春子だ)。

 しかしその一方で、アキがかかわるインターネットの時代の地下アイドルの世界は終始、批判的に描かれる。描写の重心と比重から考えても、春子と鈴鹿の示した可能性に比べてアキとユイのそれは、くっきりとした像を結ぶことがなかったように思う。

 そして僕の興味は一貫して後者に、アキとユイの側にあって、そしてクドカンよりもずっと後者の可能性を信じているのだと思う。「過去のやり直し=テレビの時代の回復=プロフェッショナリズム」と、「未来の模索=ネット社会の可能性=アマチュアリズム」という対比で考えたとき、僕の興味は後者に強く傾いている。そしてその興味から端を発した思考を展開するときに、最も刺激的だったものがクドカンがかつて手がけたドラマだったのだ。

 これは同じ地点に立って北を向くか、南を向くかの違いであって、良い/悪いを問うような性質のものではない。ただ、この傑作に贅沢な注文をつけさせてもらうのなら、もし続編があるのなら、そして『あまちゃん』というタイトルを冠するのなら、震災後の東北でアキとユイがこれからどう生きていくのかを粘り強く描いたものを観たいな、と思う。

〈近況〉
文藝春秋さんから責任編集を務めた『あまちゃん』批評本『あまちゃんメモリーズ』が月末に出ます。この欄では書ききれなかったことが満載です。ぜひお買い求めください!

うの・つねひろ
1978年生まれ。企画ユニット「第二次惑星開発委員会」主宰。批評誌「PLANETS」の発行と、文化・社会・メディアを主軸に幅広い評論活動を展開する。著書に、『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『こんな日本をつくりたい』(共著/太田出版)など。

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