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萱野稔人と巡る超・人間学【第34回】

人間社会の変化とルールの進化

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――人間はどこから来たのか 人間は何者か 人間はどこに行くのか――。最先端の知見を有する学識者と“人間”について語り合う。

人間にとってルールとはどのような存在なのか。そんな根本的な問いから、人間社会の発展におけるルールのパラダイムと役割について、『ルールの世界史』の著者・伊藤毅氏に聞く。

今月のゲスト
伊藤 毅[弁護士]

1971年生まれ。弁護士。フレックスコンサルティング代表取締役。早稲田大学大学院法学研究科修士課程(商法専攻)修了。1999年弁護士登録。外資系法律事務所などを経て、ルールメイキング/スキームメイキングに特化したフレックスコンサルティングを創設。民間企業の戦略立案支援のほか、国の政策立案支援にも多数従事している。


萱野 私たちの社会はさまざまなルールによって成り立っています。法律はもちろん社会におけるもっとも重要なルールのひとつですが、それだけでなく、たとえば企業には就業規則などのルールがあり、大学には学則などのルールがあり、それぞれの組織はそれらのルールを通じて運営されています。また、こうした明文化されたルールだけでなく、たとえば夫婦のあいだでは家事分担についてのルールがあったりしますし、子どもたちが遊ぶ「鬼ごっこ」ですら「鬼の役割の人がほかの人を追いかけて、タッチしたら鬼が交代する」といったルールのもとで成立しています。このように人類社会とルールは切っても切れない関係にあります。そこで今回は『ルールの世界史』(日本経済新聞出版)を上梓された弁護士の伊藤毅さんと、人間とルールとの関わりについて考察していきたいと思います。

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「大谷ルール」制定の要因となった大谷翔平選手。(写真/Getty Images)

伊藤 ルールは私たちの生活のあらゆる側面に存在していて、子どもの遊びから企業の社内ルール、法律、国家間の条約など、多岐にわたるかたちで組み込まれています。本書の基本的アイデアは、こうしたルールに共通する要素を考察し、ルールをコミュニケーションツールとして活用しようという提案です。そこでルールとは何かという概念的な定義よりも、ルールを行動科学的な機能として整理して「人の欲求と才能を開花させる手段」と位置付けました。

萱野 伊藤さんの著作『ルールの世界史』は、現代の社会がどのようなルールの変遷のもとで成り立ってきたのかを歴史的に概観しているという点だけでもとても独創的なのですが、さらにその歴史的な変遷からルールの普遍的な機能を抽出しようとしている点でとても深みのある著作だと感じました。

伊藤 私は大学院時代に会社法の研究をしていたのですが、当時はバブル崩壊後の負の遺産を清算するために会社法に関連するさまざまな整備が行われていました。そのような手続法がツールとして重要度を増していく一方で、法律の世界ではギリシャ・ローマ法を起源とする真理としての実体法を尊ぶ権威的な考え方が主流を占めており、その両者の関係を整理していくことが、現在に至るまで私の問いのひとつなんです。弁護士・戦略コンサルタントとしての企業運営は、その臨床実験といえるかもしれません。現在はインターネットが出現したことで、ローレンス・レッシグが指摘するように法律ではないコードによって人々の振る舞いが規制されるようになってきました。ただ、そうしたデジタルプラットフォームの規制要素には法律のテクニックを応用することもできます。このようなルールのとらえ方のステージが変わり始めた時代に、ルールについて改めて考える意味は大きくなっていると思います。

萱野 近年ではコンプライアンス(法令遵守)ということがますます重視されるようになっていますよね。その点でも「なぜこのルールに基づいて行動しなくてはならないのか」という、いわば「メタルール」を理解する必要が高まっている時代になっていると感じます。

伊藤 法やルールを所与のものとしてただ守ればいいと考えるのではなく、その背後にある理念や哲学を理解し、それを実現するためのツールとしてとらえることが重要です。各国のルールメイキングについて調べていくと、日本はとくにそうした思考が必要だなと感じますね。一方、欧米ではそれが根付いており、とくにイギリスとアメリカがルールメイキングにおいて優れた手腕を発揮しています。

萱野 ルールメイキングではアングロサクソン系が強いということですか。

伊藤 そうです。まずヨーロッパがルールメイキングに長けている理由について、キリスト教のヒエラルキーシステムと聖書というテキストベースの経典があることが影響していると考えています。神を頂点としたヒエラルキーシステムは守るべき序列が明確にありながらも実は柔軟で、サンタクロースのように外部のものを取り入れることも可能です。こうした運用は現代の法のピラミッド方式と同じです。最後の審判は法におけるサンクションですね。こうした考え方が聖書で参照でき、ユダヤ教と違って民族を限定していなかったことで、西洋社会の世俗の王たちはこれを基に法を整備し、広く普及させることができました。とくにアングロサクソンは大陸から海を隔てた島で暮らしていたため、より自由なルールメイキングが可能であり、イギリス王室は財源確保のために自分たちに有利なルールを作り上げていった歴史があります。これらの要因がルールメイキングに優れた面に寄与していると思われます。

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