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澤田晃宏の「外国人まかせ」【6】

誰がパンに焼きそばを挟むのか “ポストベトナム”が強まる理由

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――「奴隷労働」ともいわれる外国人労働者。だが、私たちはやりたくない仕事を外国人に押し付けているだけで、もはや日本経済にその労働力は欠かせない――。気鋭のジャーナリストが“人手不足”時代のいびつな“多文化共生”社会を描き出す。

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初めてベトナムでタオさんに出会ったとき、彼女は実家近くの川に案内してくれた。兄弟が働く農地は、写真の木船で渡った先にあると話していた。(写真/筆者、以下同)

ベトナム南部ロンアン省出身のグェン・ティン・タン・タオさん(32歳)と初めて出会ったのは、新型コロナの感染拡大が始まる2019年11月だった。ベトナム最大の商業都市であるホーチミン市から車で約2時間。タオさんの家は、水たまりのぬかるみが目立つ幅の狭い道の先にあった。両親は農業を営んでいたが、7年前に父親は他界。畑は、2人の兄が継いでいる。農家としての収入は月収にすると3万円程度だという。

タオさんは高校卒業後、縫製会社で働いた。もっとお金を稼ぎたいとホーチミンに出て、工場の検品作業などの仕事に就いた。日本の技能実習制度のことは、工員時代の知り合いから聞いた。

日本で3年働けば、300万円は貯金して、ベトナムに持って帰れる――。

多くの技能実習生がそうであるように、タオさんも日本に「出稼ぎ」に行きたいと考えた。タオさんはベトナム現地で会った際、筆者にこう言った。

「お母さんに100万円あげたいです。そして、残ったお金で、自分が住む家を修理したいです」

新型コロナ感染拡大による出入国制限が始まる前の今年1月、タオさんは「農産物漬物製造」の技能実習生として来日した。筆者は10月、タオさんが働く北関東の漬物工場を訪ねた。スーパーマーケットに出荷する漬物を作っているという。タオさんは、漬物の原料となる野菜をカットしたり、漬け込む作業などをしたりしているようだ。

昼休みに声をかけた。「お母さんに100万円あげられそう?」と尋ねると、「送金手数料が1000円かかるので、2カ月に1回15万円を送っています。社長は優しくて、仕事にも慣れました。技能実習が終わっても特定技能に在留資格変更して、長く日本で働きたいです」そう言って、笑みをこぼした。

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コロナ前に来日し、漬物工場で働くタオさん。漬物の原料となる野菜のカットなどの作業のほか、出荷作業などの関連作業も行う。

タオさんが働く漬物工場では現在、タオさんを含め2人のベトナム人実習生が働いているが、すでに採用され、コロナ禍で入国待ちになっている実習生も2人いる。工場の経営者はこう話す。

「(日本人の)パートさんが重要な戦力だったが、高齢化で辞めていく。ハローワークに求人を出しているが、応募者はすべて50代以上で、採用しても半年と続かない。人手を派遣会社に頼むこともあったが、派遣料が高い上、定着せず、実習生の採用に切り替えた。みな若くて、仕事量は高齢のパート従業員の1.5倍くらい。実習生は欠かせない戦力です」

賃金格差があるから外国人は来日するが……

本連載は、耳障りのいい「外国人との共生」といった声や、現場知らずの「技能実習は奴隷労働!」といった声には与せず、低賃金で退屈な仕事は「外国人まかせ」にする「人手不足の不都合な真実」を明らかにしてきた。目には見えないところで、日本社会がいかに外国人に支えられているのか、本連載で少しでもその実態が伝わっていればうれしく思う。

同時に、危機感を共有してほしい。本連載で書きつづってきたが、実習生をはじめとする外国人は何も「日本社会を支えるため」に来日するのではなく、目的は出稼ぎだ。ほかに稼げる国があるのであれば、それが日本である必要はない。

バブル崩壊から、失われた10年が20年、30年と続く日本。実質賃金は上がらず、15年にはお隣の韓国に逆転された。賃金格差があるから、東南アジアの若者たちが日本を目指すわけで、日本人の賃金が上がらなければ、彼らも他国を目指すだろう。少子高齢化による人手不足は、何も日本だけの問題ではない。

政権選択選挙となる約4年ぶりの衆議院選挙は、蓋を開けば自民党と連立与党を組む公明党による自公政権が続く結果になった。岸田文雄首相は「中間層の拡大」を謳うが、その具体策は見えず、総裁選で掲げた「金融所得課税の見直し」を早々に撤回するなど、国民の声に対する「聞く力」は期待できない。

中間層拡大に向け、明確な数値目標として「全国一律最低時給1500円」を掲げたのが、れいわ新選組と共産党だった。日本人の賃金の底上げに向け、段階的であっても実現にこぎ着けてほしい。

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焼きそばパンの製造ラインで働く実習生たち。約450種類の総菜パンを製造する。種類が多いため、機械化できる部分は限定され、人手がいる。

非現実とは思えない。本連載では主に実習生を取り上げてきたが、彼らの雇用者はすでに同等の負担を背負っている。それも、実習生の受け入れ企業の約6割は従業員19人以下の零細企業だ。

仮に筆者が住む兵庫県を例に考える。兵庫県の最低賃金は928円。週休2日をベースに年間の所定労働日数を計算すると260日。月にすると、約21.5日だ。実習生の賃金は最低賃金ベースだが、基本給が約16万円(928円×8時間×21.5日)になる。そこに、企業の社会保険料負担が約2万円、監理団体に支払う監理費が約3万円。それだけで約21万円になるが、採用コストもかかってくる。

海外での面接の渡航費、宿泊費や、実習生の航空代。在留資格申請費用なども合わせると、約60万円から80万円だ。

仮に実習生を3年間(最大5年間)受け入れたとする。採用コストを60万円と計算しても月額約1万7000円だ。実習生の受け入れに当たっては、寮費を全額控除できるわけでもなく、家電などを準備する必要もある。そう考えれば、月額24万円程度はかかるのだ。それは、時給1500円で1日8時間、月に20日働く賃金と同等の負担になる。

ただ、これも実習生が「最低賃金」で満足していることが前提だ。国民1人当たりの豊かさを示す指標である「1人当たりGDP」は、日本は97年をピークに横ばい状態が続いている。

一方、実習生の最大の供給国であるベトナムの1人当たりGDPは間近10年で1273ドル(10年)から2777ドル(20年)まで上昇。急速な経済成長を遂げている。

現場の危機感は強い。ベトナム人実習生の斡旋、監理を行うアゼリア協同組合(群馬県館林市)の早川智代表理事は、筆者の取材にこう話した。

「日本人の賃金を上げることに加え、実習生の多くが働く零細企業の下請け単価を上げなければ、日本経済を底辺で支える外国人労働者がいなくなってしまいます。実際、ベトナムでは不人気の建設業などは手取り15万円でも募集が難しくなっている。ベトナムが豊かになり、彼らが求める給与水準も上がる中、これ以上は払えないと、ポストベトナムを求める動きが強まっています」


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