サイゾーpremium  > 特集  > アダルト  > 【80年代マッチョ映画】の功罪

ーー筋肉隆々のアクションスターが圧倒的な強さを見せつけて、ド派手なアクションで周囲の敵を殺しまくる……。シュワルツェネッガーやスタローンの主演作を筆頭に、80~90年代のアメリカでは、その手の“男らしさ”に溢れた映画が量産されていた。このジャンルの映画の盛衰の背景を、ジェンダーの視点も取り入れながら振り返る。

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新時代の筋肉アクションスターといえるマ・ドンソク主演の『ファイティン!』(画像は公式ホームページより)。

上半身裸のスタローンがジャングルで戦い、目の前の敵を次々と殺しまくる『ランボー/怒りの脱出』。青い電光とともに素っ裸で現れたシュワルツェネッガーが、人間抹殺用のアンドロイドとして抹殺を繰り返す『ターミネーター』……。

この2作品のような1980~90年代のド派手なアクション映画は、いま中年世代の男性たちには懐かしの存在だろう。

しかし、この手のアクション映画は次第に下火に。マーベル・スタジオのスーパーヒーロー映画などが人気を誇る今、筋肉隆々のアクションスターの作品は娯楽映画の中心からは退いてしまった。

筋肉ムキムキの俳優のアクション映画が80~90年代に量産され、それが次第に廃れていったのはなぜなのか。また、フェミニズムやジェンダー平等の運動が世界で進展し、ステレオタイプとして広まっていた“男らしさ”や“女らしさ”の見直しが進む今、このジャンルの映画に新たな潮流は生まれているのか。有識者の声をもとに、“筋肉アクション映画”の功罪や盛衰史を本稿では紐解いていく。

まず、そもそもなぜ80〜90年代のアメリカでシルベスター・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーの映画が人気を呼んだのだろうか。アクション映画についての執筆が多い映画ライターは、「当時のアメリカはブロックバスタームービーが盛り上がってきた時期でした」と話す。

ブロックバスタームービーとは70年代頃から興隆してきた映画類型のひとつ。監督らの独創的なコンセプトにもとづき、莫大な制作・広告宣伝費を投じて大規模に公開される映画のこと。『ジョーズ』や『スター・ウォーズ』シリーズ、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズなどの70~80年代の映画群を指すもの……と言えばイメージしやすいだろう。

「一方で同時期には反権力やアンチヒーローを描くアメリカン・ニューシネマが下火になっていきました。そして娯楽性の高い映画が求められるなかでその流れに乗ったのが、スタローンやシュワルツェネッガーの主演作でした」(前出・映画ライター)

なおスタローンについては、76年の主演・脚本作『ロッキー』が、アメリカン・ニューシネマを終わらせた映画としてもよく言及される。

「『ロッキー』は負け犬が底辺から這い上がる姿を描く、スタローンの自伝的作品です。ストーリーは娯楽作品的なわかりやすさがありますが、人の内面を丁寧に描いた作品でもありました。ド派手なアクション映画の印象が強いスタローンですが、彼も最初からムキムキの男が大砲をブッ放す映画を作っていたわけではないのです」(同)

そのスタローンの変節は、『ランボー』シリーズの変化を見るとわかりやすい。

「『ランボー』の主人公はベトナム戦争で心に深い傷を負ったベトナム帰還兵です。第一作目(82年)は、彼が社会のどこにも受け入れてもらえず、ボロボロになって戦う物語で、ランボーが涙を流す場面もありました。それが同作のヒットと当時の世相に乗せられて、2作目以降はランボーのキャラクターがどんどんマッチョになっていき、身体も大きくなっていきました。そして『ランボー/怒りの脱出』(85年)では、ベトナムに自ら人質を奪い返しにいきますが、帰還兵の悲哀よりも虐殺や爆発シーンなどに重きをおいたマチズモの解放のような表現が目立ちます。ランボーの殺しの動機のために殺されてしまう、現地の女性が登場するのも象徴的です。そして『ランボー3/怒りのアフガン』(88年)では体制側の人間となり、アフガニスタンのゲリラと共闘しています」(同)

上記の3作品が公開された80年代のアメリカは、ロナルド・レーガン大統領のもとで強硬的な対外政策が続けられ、「強いアメリカ」が強調された時代。そのレーガンは『ランボー/怒りの脱出』に好意的に言及しており、ホワイトハウスでの上映も行っていた。

なお80年代のスタローンの映画では、ソビエト連邦のボクサーのイワン・ドラゴとの対決を描く『ロッキー4/炎の友情』(85年)も人気に。プロレスの世界では“当時のアメリカ”を象徴する存在のハルク・ホーガンが、イランのレスラーのアイアン・シークを破る姿が熱狂的に報じられた。

ちなみにスタローン、ハルク・ホーガン、シュワルツェネッガーの3人は、後にステロイドの使用が明らかに。レーガンが84年の演説で「アメリカを偉大にしたのは屈強な肉体と精神だ」と述べていたように、80年代のアメリカでは、男らしさ=強さ=筋肉という考えが広まっていたことは明らかだろう。

元ボディビルダーのシュワルツェネッガーは、そんな時代の申し子だった。

「CGが未発達だった当時は、これまで映像化ができなかった屈強なキャラクターを演じる存在として、彼のような存在が重宝された状況があったと思います。また当時は音楽でもヘビーメタルなどがブームで、映画界ではカロルコ・ピクチャーズ(『ランボー』や『ターミネーター』シリーズ等の娯楽系大作を手がけた独立系映画会社)が元気だった時代。エンターテインメント全体で『とにかく派手にブチかまそうぜ!』という景気のいい作品が人気でした」

そう話すのは映画ライターの平田裕介氏。今では“バカ映画”として愛される『コマンドー』(85年)や『プレデター』(87年)などのシュワルツェネッガーの主演作も、そんなド派手な景気の良さが特徴で、物語は非常に単純。そして「『プレデター』の相手が宇宙人だった時点で、シュワルツェネッガーはもう戦う相手がいなかった(笑)」と平田氏が述べるように、この手のジャンルの映画には早くも行き詰まりの兆候も見えていた。

「シュワルツェネッガーは筋肉よりも爆破のド派手さで見せる『ターミネーター2』(91年)などでは大成功し、『キンダガートン・コップ』(90年)のようなコメディ映画にも挑戦していましたが、『エンド・オブ・デイズ』(99年)などは本当につまらなくて目まいがするような映画でした(笑)。スタローンも『クリフハンガー』(93年)のようなヒット作はあり、ほかにも渋い作品をいくつか作っていますが、世間的には“不遇の時代”といえる時期が続きました」(平田氏)

前出の映画ライターもこう続ける。

「当時の大作アクション映画には、マッチョな男性性を解放して爽快感を得るだけの作品も目立ちました。その象徴といえるのが、ひたすら大きい筋肉だったといえると思います。そうした映画の物語では女性の居場所もなく、『助けられるか抱かれるか』という扱いでした」

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