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更科修一郎の「批評なんてやめときな?」【47】

時代の必然として廃れていくサブカルチャー――幽霊、滅びゆくエロ本と故郷喪失者。

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――ゼロ年代とジェノサイズの後に残ったのは、不愉快な荒野だった?生きながら葬られた〈元〉批評家が、墓の下から現代文化と批評界隈を覗き込む〈時代観察記〉

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書き下ろしの復刊あとがきでライト文芸風に書いた理由が記されていたが、連載当時小学生だった筆者は見事に引っ掛かった。

 1964年の東京オリンピックでは来日する外国人に恥を晒すわけにいかないと、慌ててゴミ回収車を走らせ、殺鼠剤を配布したが、今回は大手コンビニチェーン各社が成人向け雑誌の販売を中止する。もっとも、紙媒体のエログラビア誌はいまや、スマホが使えない老人向けのオールドメディアでしかないので、販売中止の口実にオリンピックを利用しただけで、古巣のエロマンガ誌も昨年末に休刊していた。13年にコンビニ売りから撤退し、16年にはウェブ配信専門になり、元上司の編集長も定年退職が近いから、休刊は時間の問題だったが。

 他社の担当編集もエロ本出版社から転職した同世代や後輩なので、時々、思い出話になるが、活気があったのは筆者が編集の現場にいた90年代までだったようだ。当時のエロ本はグラビアの合間に適当な特集記事やコラムがあり、「宝島」や「SPA!」よりディープな若者向けサブカルチャー雑誌としての側面があった。1986~87年に朝日新聞夕刊で連載されていた小林信彦『極東セレナーデ』の冒頭でヒロインのバイト先として、当時の白夜書房周辺と思しき猥雑な風景が描かれていたが、数年後に成長した筆者が入った頃は、田中康夫がスッチー連れで編集部へ遊びに来て、永沢光雄がAV女優にインタビューし、電気グルーヴや宮台真司がコラムを書いていた。採用されたマンガ編集部はオタク向けなのでこの猥雑さとは無縁だったが、もともと、出版業界研究の同人誌を作っていたら別のエロ本出版社にスカウトされ、グラビア誌のライターをやっていた経歴から、同じビルに入っていた「ビデオメイトDX」「BURST」「お宝ガールズ」の編集長や担当営業の藤脇邦夫氏とは話が合い、後に批評家なんて名乗るきっかけになった。

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