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オトメゴコロ乱読修行【44】

“女子を撮る天才”が描く『おとぎ話みたい』にはいかない文化系男女の恋愛四方山話

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――サブカルを中心に社会問題までを幅広く分析するライター・稲田豊史が、映画、小説、マンガ、アニメなどフィクションをテキストに、超絶難解な乙女心を分析。

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 ここ数年の日本映画界で「女子を撮る天才」などと絶賛され、F1層(20〜34歳女性)の一部から、狂ったように共感を寄せられる女性監督がいる。馴染みのない男性諸氏も多いだろうが、本連載で避けて通ることはできまい。その名は山戸結希。小松菜奈主演の『溺れるナイフ』(16)をはじめ、乃木坂46、Little Glee Monster、RADWIMPSなどのPVも手がけるほか、この9月には新木優子主演のカネボウ「suisai」 ウェブドラマ『毎日、思ってた』が、公開4週間で180万回以上再生されて話題となった。平成元年生まれの俊英だ。

 そんな山戸の名を一躍世に知らしめたのが、51分の中編『おとぎ話みたい』(13)である。主人公は、地方の高校に在学中でダンサーを夢見る高崎しほ(趣里)。彼女が東京帰りの若い男性教師・新見(岡部尚)に恋をする模様が、同校の先輩たちが組むバンド“おとぎ話”の楽曲演奏と交互に綴られる。

 本作で描かれるのは、思春期の女子が年上男性に惹かれる病理のメカニズムだ。

 しほが新見を好きになったきっかけは、掃除中に廊下でバレエダンスしているのを新見に見つかり、「すごいね」「ピナ・バウシュ好きなんだね」と言われたこと。なぜそれだけで惚れてしまうのかといえば、この言葉はしほの中でそれぞれ、「同級生などという愚劣で凡庸な田舎者どもではなく、年上かつ東京仕込みの文化教養人の目に留まった自分すごい」「文化教養人たる彼がひと目で影響を見抜いたドイツの天才的舞踊家ピナ・バウシュに以前から心酔していた自分やっぱりすごい」に瞬速で昇華されたからだ。「特別でありたい自分」を担保してくれる手近な存在が、たまたま新見だったというだけである。

 しほは決して新見の容姿や性格や深遠なる知性に惚れたわけではない。「自分すごい」と思わせてくれる言葉をくれる相手なら、誰でもいい。それこそが、自意識の肥大した思春期の文化系女子が年上男性に惹かれる仕組みの、ほぼすべてだ。

 その新見に、かつて東京でダンスをやっていたが今は現役を退いた卒業生の女性が近づいてくると、物語は次の局面に移行する。嫉妬にかられたしほは、その女性ばかりか新見までも、身も蓋もなく壮絶にディスるのだ。「そんなに文化が大事なら、真ん中で戦えばよかったのに。結局こっちに逃げてきたんでしょ。出戻り文化人じゃん!」

 自分は賢く、美しく、正しいものを見分ける力があることを信じて疑わない少女期の全能感。実に微笑ましい。ただ、このあとの展開は男性諸氏にとって少々不可思議に映るだろう。

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