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写真時評~モンタージュ 現在×過去~

人間の展示(下)

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「拓殖博覧会 各植民地種族の一団」1912年、著者蔵。

 1903年、大阪天王寺で第5回内国勧業博覧会が開催され、会場内に学術人類館が設けられた。この学術人類館には1889年のパリ万博で「人間の展示」の様子を視察してきた東京帝国大学の人類学者・坪井正五郎が中心人物として関わっていた。「内地」周辺の住民たちが一堂に会した「学術」という名の見世物であったが、中国や朝鮮、沖縄から抗議の声が上がったために展示から除外される事態となった。いわゆる学術人類館事件である。当時の「琉球新報」に掲載された抗議の記事が「われわれは日本人であるにもかかわらず、台湾原住民やアイヌと同列に扱われたことが侮辱的」という主旨のものであり、「人間の展示」それ自体に向けられたものではなかったことは、一足早く「処分」され、日本への同化の途を歩んでいた近代沖縄の屈折を物語っているだろう。

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「拓殖博覧会における台湾蕃人」1912年、著者蔵。

 1912年に上野公園で開催された拓殖博覧会は「朝鮮台湾関東州樺太及北海道に於ける製産品其他拓殖の状勢を普く内地に紹介し殖産興業の奨励に資すると同時に殖民的進取思想を喚起する」(「中央新聞」1912年6月27日付)目的で開催され、明治時代に日本に包摂された地域から集められた物産や住民が展示された(128、129、131頁上ほか)。この時の展示にも坪井が関わっていたが、研究者たちにとって、こうした博覧会は遠隔地の住民たちと接触できる絶好の機会となっていた。

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「拓殖博覧会における北海道アイヌ」1912年、著者蔵。

 東京人類学会が発行した記念絵はがきの袋(129頁上)に「帝国版図内の諸人種」と書かれているように、この博覧会は国民に南北に拡大していく大日本帝国の威容を実感させ、その版図内に住む「諸人種」を広く認識させることを目的の一つとしていた。当時発行された絵はがきの中には、坪井の弟子の鳥居龍蔵が撮影した写真(131頁下)もいくつか確認することができる。鳥居の調査領域は遼東半島や台湾、中国、千島列島、沖縄など東アジア各地に及んでいるが、その足どりを追ってみると、日本の版図拡大と歩調を合わせるように「外地」での研究成果をあげていることがわかる。こうした人類学者は、日本の植民地主義の最前線に赴く先兵のごとき存在であり、学問によって植民地支配の正当化に貢献したといえる。

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「明治記念拓殖博覧会 台湾土人出猟の光景」1913年、著者蔵。

 翌1913年には明治天皇の治世を祝賀する目的を兼ねた明治記念拓殖博覧会が第5回内国勧業博覧会の跡地で開催された。樺太、北海道、台湾から招来された人々は、例によって柵で囲われた住居内で生活することになった(132頁下、133頁上下)。会場には槍を持った「生蕃人形」(130頁下)や樺太に生息する動物たちの剥製を配したジオラマが作られるなど、異民族の野蛮性・後進性が強調された展示が行われていた。

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「拓殖博覧会におけるギリヤーク及びオロッコ」1912年、著者蔵。

 亜熱帯と亜寒帯を含む大日本帝国の多様性が提示されているものの、内地の日本人を頂点とした序列化が行われ、観客たちは柵の中に展示された人々に対して優越感と異国趣味とがないまぜになった眼差しを向け始めていた。近年「人間動物園」とも呼ばれるこうした展示は、自己(=われわれ)と他者(=彼ら)の差異を確認し、支配・包摂していくイデオロギー装置として機能したのであり、19世紀末から20世紀にかけての西洋の博覧会の定番と化していた。「内地」の博覧会に招来された「外地」の住民たちは、帰郷後に日本の先進性を現地に伝える役割を担わされてもいたが、日本の版図が拡大するにしたがって、その役割は「外地」での博覧会が担うようになる。

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「拓殖博覧会における樺太アイヌ」1912年、著者蔵。

 西洋以外で初めて西洋型の植民地支配に手を染めた日本は、アジアの盟主たるべく列強諸国を模倣し、その触手を東アジア全域に伸ばしていく。それは好奇の眼を注がれ撮影される客体であることから脱し、かつて自分たちに向けられた眼差しを周辺地域へと注いでいく主体へと変貌していく途であった。

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「拓殖博覧会における台湾蕃人の家屋」1912年、著者蔵。
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「明治記念拓殖博覧会 各植民地人種集合の光景」1913年、著者蔵。
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「明治記念拓殖博覧会 各植民地人種集合の光景」1913年、著者蔵。
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「明治記念拓殖博覧会実況 館外樺太アイヌ種族及びその住宅」1913年、著者蔵。

小原真史
1978年、愛知県生まれ。映像作家、批評家、キュレーター。監督作品に『カメラになった男―写真家中平卓馬』がある。著書に『富士幻景―近代日本と富士の病』『時の宙づり―生・写真・死』(共著)ほか。現在、IZU PHOTO MUSEUMで企画した増山たづ子展が開催中。

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