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町田 康の「続・関東戎夷焼煮袋」第13回

土手焼きを作る――その高まりは私を狂人にするのであった

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――上京して数十年、すっかり大坂人としての魂から乖離してしまった町田康が、大坂のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

 土手焼きを作る。そう決意してから一カ月が経ったがいまだ、土手焼きを作らないでいる。といって土手焼きのことを忘れたわけではない。頭のなかではつねに、土手が紅蓮の炎に包まれて燃えている。焼きたくってたまらない。ではすぐに焼けばよいではないか、てなものであるが、なかなかどうしてすぐには焼かない。

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photo Machida Ko

 なぜか。それは自分の気持ちを土手焼きに向けて限りなく高めていくためである。土手焼きを作りたい。そんな程度ではもちろん駄目で、土手焼きのことを思い詰めるあまり、端から見たら狂人としか思えない。というくらいに土手焼きのことを考え続け、もはや、土手焼き病、というくらいにならなければならない。

 なぜか。失敗をしないためである。「ははん。土手焼きでも作ってみよかな」くらいの軽い気持ちで事に当たれば間違いなく失敗するからである。というか、重い気持ちで事に当たっても失敗をするのである。

 ではどうすればよいか。右に言ったように、自分自身が土手焼きとなってしまうくらいの気持ちで事に当たらなければならない。そうなるまで土手焼きを作ってはならないのである。

 というわけで私は土手焼きに向けて気持ちを高めていった。ただでさえ高まる気持ちを意図的に高めるのだから、気持ちがムチャクチャに高まり、気持ちが天窓を突き破って頭と言わず顔と言わず血まみれになった。その血まみれの顔のまま、自ら考案した、すじ肉踊り、という踊りをぶっ倒れるまで踊った。そして気がつくと真夜中で、土砂降りの雨の中、号泣しながら見知らぬ土手をよじ登っていた。土手下には汚らしいバラックが土手にへばりつくように建ち並び、養豚の匂いが立ちこめていた。ぶひいいいいいいっ。きいいいいいいいいいいっ。という豚の絶叫が聞こえていた。その音が頭のなかに入ってきて藤の花になった。頭が藤の花で一杯になり、ふわふわしてものが考えられなくなった。耳や鼻から藤の花が湧き出てきて、顔全体が花になり、目も耳も聞こえなくなった。手もなくなった。足ももげた。気がつくと濁流に流されていた。濁流は味噌のような色をしていた。味噌のような濁流に身体がどんどん溶けていって、私は意識だけの存在となったが、その意識も次第に途切れ途切れになり、三度目に気がついたとき、私はひっくり返したバケツの上に弥勒菩薩半跏思惟像と同じ恰好で座っていた。両の手にはなぜか出刃包丁と菜切包丁が握られていた。何時間そんな恰好で居たのか見当もつかない。ただ、天窓は確かに破れていたし、顔面には乾いた血がこびりつき、全身、泥まみれだった。

 気持ちが高まった挙げ句、こんなことになるのは間違いなく狂人である。

 ということは、私は土手焼きを作ってよい、ということになる。

 よし。作ろう。土手焼きを作ろう。作ろう。作ろう。ああああああああああああああっ。

 叫んで両手両足を変な風にねじ曲げ、バケツを蹴飛ばし、それからバケツを拾い、風呂に持っていってバケツに水を満たし、玄関から庭に出て、バケツの水をぶちまけ、空になったバケツを庭石に叩きつけて、部屋に戻った。

 さあ、土手焼きを作る。しかし、そのためには土手焼きというものがどういうものかを知らなければならない。土手焼きとはどのような食物か。

 平成二十年十月の夕。私は新大阪駅の地下二階の居酒屋で土手焼きを食べたことがある。その土手焼きはどんなだったか。その土手焼きは丸い瀬戸物の器に入っていた。器の中に入っていたのは牛すじ肉と、それらを味噌煮にしたものが入っており、うえに白髪葱がのせてあった。

 ということは、土手焼きとは牛すじ肉の味噌煮である。と言えるはずであるが、果たして本当にそうだろうか。否否否。断じて否である。

 じゃあ土手焼きとはどういうものか。

 まず、土手焼きはそうして丸い瀬戸物の器などに入っていてはならない。土手焼きは、方形の金属の、鍋というよりは縁の立ち上がった鉄板のようなものに入っていなければならない。

 またその際、牛すじ肉は串に刺さっていなければならない。そしてその串刺しになった牛すじ肉は、まさに土手のように、何段かに重なっていなければならない。その何段かに重なった牛すじ肉に、どろどろに溶けてゲル状になった味噌がかかっていなければならない。その土手焼きは平たい皿で供されなければならない。その土手焼きに蒟蒻などというふざけたものをけっして入れてはいけない。

 土手焼きとはそういうものであり、右の条件をひとつでも欠けばそれは土手焼きではないのである。

 なので土手焼きを作るには、まず、右に申し上げた、方形の金属鍋、が必要になってくるのであるが、果たしてそんな鍋があるのだろうか、というとそれはあって、土手焼き用の鍋、と検索すると、厨房機器を販売する会社の頁が表示され、その頁で、どてやき器、というものを買うことができる。

 どんなものかというと、下部が四角い金属の瓦斯焜炉、上部がそれにぴったりはまる四角い、立ち上がりのある金属鍋、というか鉄板になっていて、これぞまさに私がイメージする、「土手焼き鍋」である。

 そこで私は即座に、この、どてやき器、を購入した。と言いたいところであるが購入しなかった。と言うと、「なぜだ。こんな土手焼き作りに最適の、これさえあれば成功間違いなしの、どてやき器をなぜ買わないのだ。もしかしたら馬鹿なのか」と思う人も多いだろうが、じゃあ私はその人に問いたい。「その土手焼き器の価格は、どてやき器(大)なら二万三千五百円、どてやき器(小)でも一万九千五百円するのだが、それでもあなたは買いますか?」と。

 もちろん、多くの人が、否否否、断じて否。と答えるだろう。そりゃそうだ。これから土手焼き屋を始めるならともかく、週に一度か、まあ、多くても二度かそこら、土手焼きを拵えるために高価な専門・専用の器具を買う者はないに決まっている。また、手狭な一般家庭の台所において、こうした大型の専門器具は場所塞ぎでもある。

 見た感じ、温熱治療などに転用できそうではあるが、それとて効能は専用の温熱治療器に遠く及ばぬだろう。しかもそれは遙かに安価なのである。

 もちろん世の中には、普通の人間にとっての一万円がその人にとっての一円、みたいな、億万長者もいる。しかし、そういう人も、どてやき器、は買わない。そういう人は、どてやき器、を買うのではなく、土手焼き屋を丸ごと買い、妾や息のかかった者に経営をさせ、好きなときに土手焼きを食べに行くのである。

 そうすっと、こんだ、その土手焼き屋が繁盛してしまい、その人はますます儲かってしまう。富める者はいやまして富み、貧しい者はいよよ貧しくなる。世の中というのはそういうところだ。そういう世の中は私たちの若い力で改良していかなければならないが、まあ、しかしいまは土手焼きを作らなければならない。二兎を追う者一兎をも得ず、だ。っていうか別に若くもないしね。

 というわけで、どてやき器は買わなかった。また、ちりとり鍋、という鍋があって、これは、ちりとり鍋、という料理を作るための鍋なのだけれども、方形の縁の立ち上がった鉄板のような金属鍋で、価格も三千円かそれくらいで、正方形のものはちょっと感じが違うのだが、長方形のものは土手焼き用にちょうどよい感じで、これで代用することも考えたが、やはりよしておいた。

 なぜかというと、ちりとり鍋、というのは、ちりとり鍋、という料理のために作られた専用の鍋であって、その鍋で土手焼きを作ると、土手焼きの純粋性というか、正統性のようなものが侵害されるような気がしたからである。やはり土手焼きは専用のどてやき器を使うか、経済的な理由等によってそれが用意できぬのであれば、汎用品を使うのがやはり人間としての正しい態度であると私は思う。

 で、なにを使うことにしたか。

 ホームセンターなどで簡単に買うことのできる、バーべーキュー用の鉄板を使うことにした。これなら千円もしないし、長方形の立ち上がりのある金属鍋だし、なにより、汎用品であるから、それを使用することによって土手焼きの名を汚すこともない。

 さあ、これで使う鍋は決まった。後は牛すじ肉を買ってくればよい、というので近所のスーパーマーケットに行ったところ、これを売っておらなかった。

 そういえば三十年前、関東に参った頃、スーパーマーケットに牛すじ肉は売っておらず、ごく稀に売っているのを見つけたら、そのパッケージに、(愛犬用)、という表示があった。私はこれを、関東では、すじ肉などという貧民の食い物を買うのは世間を憚る行為なので、店の側が牛すじを買う客のために、「これは愛犬用ですよ。人間が食べるために買うのではありませんよ」というエクスキューズを与えているのである、と解釈し、「ああ、なんたら虚飾に充ちたところだろう。いやなところに来てしまったものだ」と嘆いたものだが、あれから三十年が経ち、コラーゲン料理、なんて言われるようになって関東でも特段、牛すじ食を卑しむことはなくなった。

 とはいうもののこのように売っておらない場合もやはり多く、ということは山を越えて隣町まで買いに行かなければならないということだが、いまから行くと夜遅くなってしまうので、今日は土手焼き作りはここまでといたし、近所にある、「串特急」という店に行って清酒を飲むこととする。なのでとりあえずは、おっほっ。さいなら御免。

町田 康(まちだ・こう)
1962年、大阪府生まれ。作家、歌手。81年に町田町蔵として『メシ喰うな!』でレコードデビュー。著書に『くっすん大黒』(文藝春秋/ドゥマゴ文学賞、野間文芸新人賞)『きれぎれ』(文藝春秋/芥川賞)『告白』(中央公論新社/谷崎潤一郎賞)『宿屋めぐり』(講談社/野間文芸賞)など。近著には『バイ貝』(双葉社)など。

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