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町田 康の「続・関東戎夷焼煮袋」第14回

土手焼きを作る――その買い物の途中に私は運命の出会いを果たしてしまった

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――上京して数十年、すっかり大坂人としての魂から乖離してしまった町田康が、大坂のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

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photo Machida Ko

「串特急」に行ってきた。どうだったかというと失敗だった。というのはなぜ私が「串特急」に行ったのかという、その動機に関連していて、端的に言うと私は串特急は串カツ屋だと思っており、ならばその献立には必ず、土手焼き、が存し、それを食することによって、自らの土手焼き作成に資する部分があるのではないか、と考えて、「串特急」に行ったからである。

 ところが行って初めてわかったのだけれど、「串特急」は串カツ屋ではなく、どちらかというと焼き鳥屋であった。つまり私はその店名に、串、という文字が冠されている以上、それは串カツ屋に違いない、と頭から思い込んでいたのだが、これはあきらかに私の粗忽であった。しかし入ってしまったので諦めるより他なく、私は、清酒三合とお通しと月見つくねと鶏皮ポン酢と自家製モツ煮込みを食し、代銀二五九三円を支払って表に出た。「串特急」に入ったのは午後五時二〇分頃、出たのは午後六時十三分頃だったが、客は最初から最後まで私ひとりだった。健康で幸福な美しい男女が宴会やコンパで盛り上がるのはもっと遅い時間なのだろう。そんなことを私は思った。「串特急」で思ったこと・感じたことはその他にもいろいろある。けれどもそれは本筋とは関係のないことなので省略する。

 扨、「串特急」を出た私はそのまま家に帰っただろうか。帰らなかった。では私は、「串特急」からほど近い、以前から気になっていた、「ピンクムーン」というファッションと健康が一体となった店に行っただろうか。行かなかった。じゃあ、どこに行ったのだ。私はスーパーマーケットに行った。

 ファッションはまあよいとして健康は大事なのでその健康のために野菜ジュースを買おうと思ったのである。

 もはや暗くなっており、老人たちが出歩かないためスーパーマーケットは空いており、私はなんの労苦もなしに野菜ジュースを籠に入れることができた。ならばそれでよいようなものであるが、スーパーマーケットというのは因果なところで、大抵の食料品や生活雑貨が置いてあるため、ついそれだけでおわらず、「ええっと、なんかついでに買うもんなかったかいな」と思って、本来の目的を達成したのにもかかわらずフロアー内をうろついてしまう。

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