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友達リクエストの時代【第10回】

そのボキャブラリーを脱ぎ捨てればたちまちフレンドリーな人間になれる

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SNS隆盛の昨今、「承認」や「リクエスト」なるメールを経て、我々はたやすくつながるようになった。だが、ちょっと待て。それってホントの友だちか? ネットワーク時代に問う、有厚無厚な人間関係――。

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『イッツ・ア・スモールワールド』

 2000年の12月に、10日間ほどの旅程で、インドを訪れたことがある。仕事といえば仕事なのだが、肝心の仕事の中身は、なりゆきまかせというのか、最後まで未定だった。

「交通費と宿泊費は負担するが、ギャラは取材結果を執筆する媒体から受け取ってほしい」

 という、ちょっと不思議なオファーだった。

 結果を述べれば、この時のインド取材について、私は、原稿の執筆先を見つけることができなかった。ということは、仕事にならなかったわけなのだが、それはそれで良かったのだと思っている。

 というのも、00年当時、私はまだアルコール依存症からの回復の途上にあって、完全な状態ではなかったからだ。旅自体も、リハビリのひとつと思えば、それはそれで有意義な過程だった。

 訪印の直接の目的は、「トランスフォーミング・ワールド」(以下「TW」と略称)と名付けられたワークショップに参加することだった。「TW」は、第三世界のクリエイターを中心に、約30カ国から60人ほどの人間が集まって意見交換をする枠組みで、「国際会議」というほどカタいものではない。「日本の国際交流基金が資金提供をして立ち上げたNGO」ぐらいな位置付けになると思う。

 00年のミーティングは、「TW」を立ち上げるための初会合というふれこみで、参加メンバーは、期間内の適当なタイミングで、それぞれ10分ほどのスピーチをすることと、出身国の歌をアカペラで歌う義務を負っていたが、それ以外はまったくの自由行動を許されていた。スケジュールは、バンガロールというインド中部にある都市のホテルを中心に、近隣の村での農業見学やバングラデシュの自然活動家による映画の上映会、民族音楽の催しなどをこなしながら、のんびりと進んだ。

 特筆すべきは、現地に10日ほど滞在する間に、10人ほどの外国人の友だちを作ったことだ。これは、私にしてはかなり珍しいことだ。外国人にせよ、日本人にせよ、私は、成人してからこっち、新しい友だちを持ったことはない。してみると、この折のインド訪問は、実に貴重な体験だった。 

 もっとも、友だちになったとはいっても、帰国してから幾人かとメールのやりとりをしただけで、実績としては、あれ以来、誰とも会っていない。

 結局、行きずりの友だちだったということだ。

 とはいえ、大切なのは、行きずりであれ、期間限定であれ、私のような偏屈な人間が、10日という短期間のうちに親しく語り合う幾人かの仲間を作り得たというその実績だ。

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