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友達リクエストの時代【第9回】

「体面」を管理するフェイスブックでは、友だちを管理することはできない

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SNS隆盛の昨今、「承認」や「リクエスト」なるメールを経て、我々はたやすくつながるようになった。だが、ちょっと待て。それってホントの友だちか? ネットワーク時代に問う、有厚無厚な人間関係――。

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『Facebookバカ』(アスコム)

 いつだったか、この連載の中のどこかで

「友だちは子どものためのものだ」

 という意味のことを書いた。

 このことは、逆方向から観察すれば、別の言葉で言い直すことができる。すなわち

「成熟とは友だちが要らなくなること」

 なのである。

 事実、大人になると、友だちは、多くの場面において、不要になる。あるいは、より実態に即した言い方をするなら、30歳を過ぎた人間にとって、友だちは、むしろ、厄介な存在になっている。

 もっとも、

「何歳になっても友だちは友だちだ」

 と主張する人もいるはずだ。たしかに、必ずしも友だちが必要でなくても、いないよりはいたほうが良いということはあるわけで、そういう意味で、友だちは、人が人であるために、持っていてしかるべきものではあるのかもしれない。

 とはいえ、大人になった人間にとって、友だちに会うための時間を作ることが、年を追って困難になるという事情は、やはり動かしがたい。

 大人の時間は有限だ。一方、友だちは流れない時間の中に住んでいる。ということは、大人は、事実上、友だちに会えなくなる。当然の展開だ。

 ここにSNSが登場する。

 ツイッターやフェイスブックを「友だちを作るためのツール」と見なしている人は、根本的なところで考え違いをしている。あれは「友だちを増やすためのツール」ではない。「友だちのコストを下げるためのツール」だ。ネット上に引き上げることによって、友だちはローコストになる。コミュニケーションは安価になり、時間はシェアされ、言葉は使い回しがきくようになる。ベネフィットは、たぶんそんなに変わらない。

 仔細に観察すれば、SNSは、既に、コミュニケーションの基礎的なコストを、軽い会釈以前の水準まで引き下げることに成功している。だからこそ、我々は、互いの手紙を永遠に食べ続ける2匹の山羊よろしく、原則無料のジャンクなコミュニケーションに依存しているのである。

 どんなに仲の良い友だちが相手でも、誰かと会うために時間を作ることは、大人にとって、簡単な仕事ではない。場所の問題もあるし、それなりにカネもかかる。と、気がついた時には、5年も顔を見ていないという事態になる。あるいは、会う機会が正月の帰省の機会に限られていて、なんだかいつも大勢の中でわめいているだけの関係に堕していたりする。

「今度ゆっくり飲もう」

 と、会うたびにそんな挨拶をかわしながら、ひとつも実のある話ができない。そうやって20年が経過してしまう。で、あらためて向き合ってみると、お互いに、見る影もないオヤジになっている。なんと悲しい運命ではないか。

 フェイスブックのえらいところは、遠い土地にいる人間との間のとりあえずの通信回路を瞬く間に回復してくれることだ。

 私自身は、フェイスブックについては、形式的にアカウントを作っただけで、友だちは、いまだにひとりしか承認していない。自分のほうから情報発信もしないし、連絡手段として活用することもしていない。

 それでも、このツールの便利さは圧倒的だ。登録さえしておけば、いつでも名前を検索できる。誰かがフェイスブックページを公開している場合、それを閲覧することもできる。おかげで、私は、ほとんどコストをかけることなく、気になっている人間の近況にアクセスし、それを眺めている。

 と、文字にしてしまえば、たったこれだけのことなのだが、たったこれだけのことが、案外バカにならない。おそらく今後、フェイスブックは、年賀状が果たしていた役割を充実させる形で、硬軟織り交ぜた知り合いの「近況データベース」として、日本の世間づきあいの標準ツールになっていくはずだ。

「近況だけか?」

 と、思う人には、ぜひ強調しておきたいのだが、近況以上に有効な情報は、存在しないのである。なぜなら、たいして親しくもないほとんどすべての知り合いについては、近況を知る以上の関わりはむしろ邪魔だったりするからだ。ということは、フェイスブックは、コストをかけずに関係を維持するためのツールとしては、どうにも優秀なヤツなのである。

 無論、無思慮に公開した近況が古い時代のストーカーを呼び寄せたり、すっかり鎮火していたはずの焼けぼっくいが無駄に炎上したりというリスクがないわけではない。が、そうした出来事は、いずれにしても、友だちとは関係のない世界の話だ。

 フェイスブックは、文字通りに「顔」を管理するためのツールだ。ここで言う「顔」とは、「体面」のことだ。より詳細に言うなら、「対社会的な外面上の諸設定」を意味している。

 つまり、フェイスブックは、あくまでも、「外面」を整えるためのツールなのである。

 が、友だちは、内面に棲んでいる。

 とすると、意味論的には、「マインドブック」なり「ハートブック」なりを持ち出さないと、友だちは管理できないことになるわけだが、この言い方は、実のところ、言葉の綾に過ぎない。

 というのも、「心」は、そもそも管理できない要素だからだ。でなくても、「心」をネット上に公開したら、その人間は破滅せねばならない。「友だち」も同様だ。あるタイプの友情は、公開設定にした瞬間に意味を失う。まあ、玉手箱みたいなものだ。

 私のツイッターの使い方は、典型的なものではない。どちらかといえば、フェイスブックの設定に近い。特徴を列挙すると

【1】実名、顔写真つきのアカウントを採用している。
【2】原則としてフォローする相手はリアルで会ったことのある人間に限定している。
【3】自分がフォローしている人から話し掛けられた場合は、なるべく返事を怠らないようにしている。

 という感じだ。

 現在、六十数名の知り合いと相互フォローしている。この人たちを、「友だち」と呼ぶのかどうかは、趣味の問題なのだろうが、どう呼ぶのであれ、実質的に私が最も頻繁にやりとりをしているがこの六十数名ではあることは事実だ。ほかに「友だち」がいるのだとしても、その「友だち」とは、すっかり疎遠になっている。ということは、私の、「交友」は、ほぼネットに依存しているわけだ。

 これは、頽廃なのだというふうに私は考えている。

 どういうことなのかというと、私は、自分がコストのかからない付き合いしかしなくなっていることについて、ある懸念を抱いているということだ。

 仮に、ツイッターがなかったら、私の日常は、現在よりかなり淋しいものになる。これは間違いない。

 もし、ツイッターがなくなったら、私は、現実の(つまりネットに頼らない)人間関係を充実させにかかるかもしれない。具体的には、古い友だちに電話をかけたり、親しい編集者と会食の約束をしたりというふうに、私は、多少のコストをかけてでも、生活の中に「会話」を求める努力を傾けざるを得なくなるはずなのだ。

 ところが、現実には、ネット上のやりとりで当面の社交欲求は満たされる。だから、私は、特段の用件がない限り、ほとんど誰にも会わず、半ば引きこもった状態で、日常を運営している次第だ。

 頽廃は頽廃なのだとして、この状態は、私には、なかなか快適でもある。

 ともあれ、善し悪しは別にして、はっきりしているのは、テクノロジーの進歩が不可逆的だということだ。われわれは、対人コミュニケーションに関して、新しいツールを手にする以前の段階に後戻りすることはできない。これは、いたしかたのないことだ。

 鉄道という移動手段を獲得した以上、歩いて京都に行くことは、事実上不可能になる。

 と、「旅」という言葉の現実的な意味も、松尾芭蕉の時代と現代では、まったく異なったものになる。

 同じように、友情や恋愛も、電話が普及する以前と以後ではかなり様相の違ったものになっているはずで、とすれば、インターネットとスマートフォンが前提となっている時代の「友だち」は、おそらく、昭和の人間である私が拘泥している形式とは、そもそも前提からして違っているはずなのである。

 本当に大切な気持ちは、言葉にできない部分に含まれているはずだという私の思い込みは、どうせ、気のせいなのだろう。でも、ネットですべてが伝わるのだとすると、会う理由が無くなってしまう。

 それはとても深刻なことだ。

小田嶋 隆(おだじま・たかし)
1956年、東京赤羽生まれ。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。営業マンを経てテクニカルライターに。コラムニストとして30年、今でも多数の媒体に寄稿している。近著に『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)、『もっと地雷を踏む勇気 ~わが炎上の日々』(技術評論社)、『場末の文体論』(日経BP社)など。

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