進化の歩みを止めないIT業界。日々新しい情報が世間を賑わしてはいても、そのニュースの裏にある真の状況まで見通すのは、なかなか難しいものである――。業界を知り尽くしたジャーナリストの目から、最先端IT事情を深読み・裏読み!
ヨーロッパではすでに7月から販売がスタートしているFirefoxOS搭載モデル。日本では、KDDIが2014年中に発売すると発表している。
iOSとAndroidが支配してきたモバイルOSの世界に、新たな動きが起こってきている。この動きは、スマートフォンに完全移行しつつあるモバイルの世界の中心を、再び大きく変える可能性をはらんでいる。2極支配の後に訪れるのは、どんな時代なのか?
アップルのiOS、グーグルのAndroidに代わる新たなモバイルOSへの期待感が高まっている。この「期待感」は、アップルとグーグルに支配されてしまったNTTドコモなどの通信キャリアが苦し紛れに思いついたように受け止める人もいるだろう。アップルとグーグルの支配から逃れるために、ドコモはサムスンと第三のモバイルOS「TIZEN」の開発に乗り出し、KDDIは同じく第三のモバイルOSであるFirefox OSを搭載した製品を出そうとしているのだ、と。
しかしそのように「通信キャリアVS支配的ネット企業」という構図だけに落とし込んでしまうと、この問題は見誤ってしまうことになる。もう少し俯瞰的に見ていく必要があるのだ。
iOSとAndroidの最大の特徴はなんだろうか。パソコンのOSと比べてみればわかるが、それは「アプリをストア経由でしか入手(購入)できないこと」だ。パソコン時代は、アプリはパッケージで電器店から買ってきたり、サイトからダウンロードして解凍したり、さまざまな方法でインストールすることができた。しかしアップルはここにApp Storeという審査つきのアプリストアを導入し、アップルが認めたアプリしかインストールできないようにしたのである。
このようなやり方は、質の低いアプリやウィルス感染した怪しいアプリが流通してしまうことを防ぐことができる。しかし一方で、アプリを入手する動線が固定されてしまい、アプリをウェブの世界の中でどう位置付け、どう活用するのかという可能性を限定させてしまうデメリットがあったのは間違いない。
だからこういう束縛からアプリを解き放ち、より自由闊達なウェブとアプリの世界を作れないだろうか? そういう可能性が、第三のモバイルOSには期待されているのだ。
Firefox OSのアプリ入手はウェブで
Firefox OSの開発者がブログで、この新しいモバイルOSではアプリの扱い方がどう変わるのかについて解説している。
Firefox OSでは、ユーザーがアプリをどう見つけるのかという動線が、AndroidやiOSなどの従来のモバイルOSとは決定的に違っている。先にも書いたように、これまではその動線は、アップルのApp StoreやGoogle Playなどのアプリストアに閉じていた。アプリ開発者も、まずそれらのアプリストアに完成品をアップして、場合によっては審査を通さなければならなかった。
しかしFirefox OSでは、アプリストアを必ずしも経由する必要はなく、アプリを公開しているウェブサイトに「アプリをこのウェブサイトからインストールする」というボタンを設置するだけで使用できるようになる。パソコンのように、いったんダウンロードしてから解凍→インストール作業、というような手間も必要ない。
これはモバイルでのアプリストア経由でのインストールと比べても、ずっとシンプルになっている。App StoreやGoogle Playなどの従来のやり方では、ユーザーはまずアプリストアに行ってログインし、アプリを探すという手間があった。「人気のアプリ」「ランキング」「ジャンル」といったコーナーから順に探していくか、アプリストアの中を調べられる検索ウィンドウを使わなければならなかったのだ。見つかったアプリはダウンロードし(ここでまたパスワードの入力が必要だったり)、インストールし、アイコンがスマホの画面に表示されてようやく使えるようになった。
しかしFirefox OSでは、自分が探している情報があるとして、その情報に関連したサイトでアプリを見つけることができるようになる。これは革命的な変化になる可能性があるだろう。
例を挙げて考えてみよう。例えばユーザーが、ロックバンドの名前や映画のタイトルなどで検索しているとする。検索結果には動画や楽曲、ライブコンサートのチケット、ウィキペディアの項目などが表示される。この際、動画や楽曲を再生するために、SoundCloudを起動したり、ticketeeのようなチケット販売サービスのアプリを利用する必要がある。
そうした時に、Firefox OSでは関連したアプリをその場で見つけることができ、しかもその場で起動させて利用することができる。私たちがパソコンのウェブサイトを巡回していてYouTube動画を見つけたら、いちいち「YouTubeアプリ」を起動させなくても、その場で動画を見ることができるのと同じことだ。これはYouTubeがFlashやHTML5に対応していてウェブブラウザ上で再生できるようになっているからだが、同じことがさまざまなアプリやコンテンツでも可能になるということだ。
しかもこうしたアプリは、その場でインストールまでする必要はない。求めているコンテンツをタップすれば、自動的にウェブ上でアプリが立ち上がる仕組みになっている。これまでのiOSやGoogle Playのアプリが、いったんアプリをインストールしてから、再度そのアプリ上で、バンド名などを入力してコンテンツを引っぱり出す必要があったのと比べれば、かなり簡単なのだ。
もちろん、もしユーザーがそのアプリを気に入ったのであれば、アプリアイコンを長押しすることでインストールすることができるようにもなっている。これによってHTML5で利用できる機能がフル活用できるようになるわけだ。
アプリがウェブに戻りモバイル移行が進む?
このような変化は、アプリをアプリストアの支配から解き放ち、ウェブサイト側へと引き戻す役割を果たすだろう。アプリストアは、ランキングや新着、ジャンルなどでしかアプリを発見できず、キュレーションも不可能で、使い勝手が良くなかった。ウェブサイト側にアプリがカムバックしてくることで、こういう問題を回避できるようになる。
例えばアプリの開発者は、自分のウェブサイトにユーザーを誘導すればアプリを使ってもらえるようになるわけだから、SEO(検索エンジン最適化)を再活用できるようになる。審査を待つ時間も減るだろう。
またアプリを使うユーザーから見ると、アプリは常に自分のコンテキスト(その時の状況、事情)に沿って見つかるようになる。
これはアプリがコンテキスト化するということであり、大きな意味を持つ。iOSやAndroidでは、日々常用しているアプリに加えて、たまにしか使わないアプリや、一度しか使ったことがないアプリなどが、滅多にやってこない必要な時あるいはただ一度だけ必要になった時にインストールされ、たくさん画面に並んでしまっていた。しかしコンテキスト化されたアプリの世界では、こうした「アプリアイコンがただ並んでいる」というようなことにはならない。常用しているお気に入りのアプリ以外は、常に自分の日々のコンテキストに沿って、その場その場でアドホックに提供されるようになるからである。
これはモバイルのウェブサイトの使い勝手を大きく進化させるだろう。そしてこれによって、ついにPC用のウェブサイトが必要なくなり、最終的にすべてがモバイルに移行していく引き金になるかもしれないのだ。
佐々木俊尚(ささき・としなお)
1961年生まれ。毎日新聞、アスキーを経て、フリージャーナリストに。ネット技術やベンチャービジネスに精通。主著に『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『「当事者」の時代』(光文社新書)ほか。6月5日に『レイヤー化する世界』(NHK出版)を上梓。
日本のスマホ利用率
38.2%
2013.7.16 英米ほか6カ国で利用状況は最低
総務省の今年の情報通信白書で明らかになった、日本のスマホ利用率。シンガポール76・8%、韓国67・8%、英国56・3%などと比べても圧倒的に低い。ガラケーが普及しすぎたため?
【佐々木が注目する今月のニュースワード】
■LINEニュース
LINEがついに、ニュースアグリゲーション市場に参入。モバイルアプリとしてはかなり使いやすく、関連記事の表示も明快。GunosyやSmartNewsの強烈な対抗馬となりそう。
■リボルバー
Pinterestのような写真中心のデザインで、個人・企業向けのオウンドメディア的なSNSを提供しようというサービス。まだベータ版だが、土屋アンナや板野友美、倖田來未などのタレントに活用されており、将来、可能性が期待されている。
■3Dフードプリンタ
3Dプリンタとインクジェットの技術を使い、栄養素や香料をカートリッジにセットして、さまざまな食べ物を出力する機器。宇宙での利用の可能性を探るため、NASA(米航空宇宙局)が開発に資金供給している。