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佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」 第62回

ネット言論の脱・イエロージャーナリズム テキストの形態にも変化の時が訪れる?

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進化の歩みを止めないIT業界。日々新しい情報が世間を賑わしてはいても、そのニュースの裏にある真の状況まで見通すのは、なかなか難しいものである――。業界を知り尽くしたジャーナリストの目から、最先端IT事情を深読み・裏読み!

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09年にユニクロが展開したスピードくじキャンペーンのロゴ。UNIQLOCKをはじめ、同社のネットキャンペーンは巧みに話題を作る。

 “炎上マーケティング”という言葉が市民権を得て久しいが、いまだネットの世界では、ページビューを稼ぐために乱暴な言説が好まれる土壌が残り続けている。その状況下で、未来の言論空間はどのように作られていくのか、広告・マーケティング業界の先行事例を参照しながら考えてみたい。

 インターネットで配信される情報量が増え、飽和状態になり、作家やフリージャーナリストが「言論」で食べていくことが年々難しくなってきている。たとえば昔はエッセイストというプロの職業があったが、普通の人の書いた面白い記事がブログでいくらでも読める時代に、プロのエッセイストというのはとても成り立ちにくい。俳優やタレントなど知名度のある人が書いたものではない限り、有料のエッセイ本は読まれない。

 そういう時代状況の中で、扇情的な発言に走ってしまうフリージャーナリストも現れてきている。ネットでは、刺激的でとんがった論や他者への批判などプロレス的言説のほうが反応が返ってきやすく、多くの反応を求めようとすると、どうしてもこういう方向に傾いてしまうのだ。

 雑誌が元気だった頃は、読者と書き手の間に編集者というワンクッションがあり、読者が俗悪な記事を求めていたとしても、「これは読者には理解されにくいかもしれないが、いい記事だから」と評価してくれるような仕組みを持っていた。しかしジャーナリズムを支える論壇誌が衰退し、そこにあった編集者と書き手の集合体的なコミュニティが消滅しつつある中で、書き手は読者と直接向き合わなければならなくなった。

 扇情的な記事を書いた途端にページビューが跳ね上がり、そういう内容の本が売れてしまうと、「これが読者の求めるものなのか!」と書き手側は考えるようになり、そちらの方向へ突っ走っていく。そうしてジャーナリズムが衆愚化していくというのが、今起きているスパイラルだ。

 これは必ずしもプロのジャーナリストだけでなく、ブロガーにも同じことが言える。以前は穏やかでまともな記事を書いていたブロガーが、ページビューを求めてだんだんと人の悪口ばかりを書くようになるという現象は、ネットのあちこちで見られる。多くの人に読まれる経験を一度してしまうと、その喜びが麻薬中毒のようになってしまうのだろう。

 とはいえ、穏やかで良識的な言論は注目されにくい。白か黒かをはっきりした言論を求める読者が圧倒的に多い中で、「グレーでいよう」と語っても多くの人には読まれない。

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