サイゾーpremium  > 連載  > 友達リクエストの時代  > 【連載】小田嶋隆の「友達リクエストの時代」
連載
友達リクエストの時代【第8回】飲み友だちは友だちではない

飲み友だちは友だちではない 人の話も聞かない狂ったキャッチボール

+お気に入りに追加

SNS隆盛の昨今、「承認」や「リクエスト」なるメールを経て、我々はたやすくつながるようになった。だが、ちょっと待て。それってホントの友だちか? ネットワーク時代に問う、有厚無厚な人間関係――。

1307_az_odazima.jpg
『浦島太郎』(講談社)

 酒を飲む人間には仲間がいる。

 少なくとも、ハタから見るとそんなふうに見える。

 酒飲みは連帯する。激しく同意し、些細なことで笑い、たやすく団結し、またたく間に友情を抱き合う。それもそのはず、酒は羞恥を打ち砕くハンマーであり、警戒心を眠らせる魔法の杖だからだ。

 今回は、飲み友だちについて考えてみたい。

 先に結論を述べておく。私は、飲み仲間を友だちだとは考えていない。というのも、酒を飲んでいる人間は、別世界の住人であり、酒の中で築いた友情は、竜宮城における交友と同じく、現実のものではないからだ。玉手箱を開けてみればわかる。煙が消えた後には何も残らない。鏡を見ると、不機嫌な年寄りがこっちを見ている。友だちではない。素面に戻ったオレだ。

 以前、当欄でも少し触れたことがあるかもしれないが、40代に入る手前までの10年間ほど、私はアルコール依存症の患者だった。その間、つまり、一番ひどい酔っ払いだった10年ほどの間、私は通常の意味でいうところの友だちとは、かなり疎遠になっていた。さもありなん、私は、酔っていない時は無気力な気鬱症患者で、酔っている時は支離滅裂な自我狂だった。そんな人間と交友を深めたいと思う人間が、そうそういるはずもないではないか。

 が、酒場には仲間がいた。酒を飲む人間は、孤高を自認していながら、その実、仲間を求めている。だからこそ、我々は酒場に繰り出す。そして、あるタイプの酒場に常駐している自分によく似た人間と、その場限りの友情を温め合うのである。

「その場限り」といっても、一定のつながりはある。同じ酒場でいつも顔を合わせる者同士の間には、ある連帯意識が生じる。だから、気が向けば同じテーブルを囲んで飲むし、話が合うタイプの人間とは、連れだって別の酒場に繰り出すこともある。

「どうです、これから蒲田あたりに遠征ってのは?」

 私にもそういう仲間がいた。

 我々は、蒲田や、大森や、下谷あたりの酒場で正体不明になり、時には新宿界隈で行方不明になった。

 ところが、酒をやめてみると、酒場の友だちとはきれいに縁が切れる。当然だ。夢からさめた浦島太郎が、どうして、陸に上がってなお、鯛やヒラメと付き合わねばならないというのだ?

 冷たい言い方に聞こえるかもしれない。

 が、仕方がないのだ。酒をやめた人間は、酒に対して否定的になりがちだ。酒に関連するあれこれについても、同じように厳しい評価を下す傾向が強い。私自身も、だから酒の上での友だちに関しては、評点が厳しい。この点は、ぜひご理解いただきたい。私とて、いまさら竜宮城に戻れる体ではないわけだし、次に潜るのは、たぶん溺死する時になるはずだからだ。

 というよりも、正直なところを申し上げるに、私は、一緒に何軒もの店をハシゴし、時には始発まで飲み明かし、カネの貸し借りをし、互いに忘れ物を保管し、マフラーを交換したりしつつ、あれほど親しく行き来していた彼らについて、ほとんど何も知らないのだ。要するに、一緒に飲んでまわる相手が欲しかったというだけのことで、私は、彼らの話をほとんどまるで聞いていなかったわけだ。

 酔っ払いは、閉鎖回路を循環する濁流のようなものだ。あるいは、洗面器の縁を歩くナメクジに似ているのかもしれない。いずれにしろ、本人はまっすぐに歩いているつもりでも、一定の時間が経過すると、必ず同じところに戻っている。

 しかも、彼らの話は、多くの場合、無意味な愚痴であり、架空の自慢話だ。そうでない時でも、延々と知識をひけらかしているだけだ。ふつうの神経では、とても聞いていられない。が、酒場の友だちはその話に、熱心に耳を傾けてくれる。

 いや、本当は、聴いているのではない。

 というよりも、酔っ払いの会話が、素面の人間の対話に比べて盛り上がって見えるのは、酔っ払い同士が、互いに、相手の話をまるで聴いていないからなのだ。しかも、彼らは、先方が自分の話を聴いていないことに気づいていない。

 つまり、酔っ払うということは、人の話を聴かないということでもあれば、他人が自分の話を聴いていないことに気づかなくなるということでもあるわけで、かくして、二人の酔っ払いの間には、互いにボールを投げるだけで、誰もボールを受け止めない、狂ったキャッチボールのようなコミュニケーションが形成されるに至るのである。

 酔っ払い同士は、飲んでいる間、お互いを、かけがえのない友だちだと感じている。あるいは、そんなふりをする。その、擬似的な友情が心地よいのは、双方の間に、何らの責任も生じないからでもあるし、お互いが、本名さえ知らずに別れることを、あらかじめ知っているからでもある。

 ちなみに、酒場の友だちと素面で会うことは、原則としてあり得ない。このことについては、双方の間にはじめから暗黙の合意ができている。なにかの拍子に、仕事先で出くわしたりすると、互いに居心地の悪い思いをする。なぜなら、自分たちが酒場で演じているキャラクターが、半ば架空のものであり、他方、酒の無い世界での自分もまた、それはそれで白々しい人間であることに彼ら自身、気づいているからだ。

 つまり、友情は、酒のサカナだったということだ。

 私のような困った酔っ払いでない皆さんは、節度のある酒を飲んでいるはずだ。で、そういう紳士的な人々は、酒が、人間関係をなめらかにする潤滑油であるというふうに考えているのかもしれない。

 でも、せっかくだから言わせてもらう。

 酒の上での関係は、手ひどい酔っ払い同士の場合でなくても、必ず一定量のウソを含んでいる。一緒に酒を飲んでわかり合ったような気持ちになるのは、あれは、複数の人間が「酒」というゲームに乗っかって関係を増幅しているに過ぎないのであって、実際にわかり合っているわけではない。

 端的な例を挙げる。

 一組の若い男女が、一緒に酒を飲んでいる場面を想像してみてほしい。二人は、話に夢中になっているうちに、つい、終電を逃してしまう。

「あれ? もしかして、12時半過ぎてる?」

「えっ。やっだぁー、あたし、飲み過ぎたみたい。時間のことすっかり忘れてたぁー」

 と、言っている二人の会話が、まったくのインチキだと言い張るつもりはない。しかしながら、若い二人にとって、酒が、「うっかり終電に乗り損ねるための共通の弁解」になっている事実は、やはり指摘しておかなければならない。いきなりホテルに同宿する相談を持ち出すことは、若い二人にとって、いかにもハードルが高い。だからこそ、二人して終電を失って夜の街に一夜の宿を求めざるを得ない状況を作るために、彼らには、酒が必要だったわけで、酒は、かように、あらかじめ用意された「愚行へのチケット」として常に万人に向けて売り出されているものなのである。

 編集者とライターの打ち合わせでも同じことだ。

 お互いが、「酔った上での話」であることに合意すれば、その場で、擬似的な無礼講を演出することができる。と、互いの立場や利害を一時的に無効化(ないしは「無効化したふり」が)できる。

「コバヤシさん。私も今夜はすっかり酔っ払っちゃったから思い切って言いますけどね」

「おおそうか酔ったんならコバちゃんと呼べよ」

「じゃあ、コバちゃん。言いますよオレは。腹の中のこと全部言いますよ。オレ、ずっと前から思ってたんだけど、おタクの副編の○○さん、オレ、嫌いです」

「おお。そうかヤマちゃん。キミも嫌いだったか」

 何を言いたいのか説明する。

 酒の上での友情は、酒と一緒に醒める。

 酒の上での「腹を割った話」も、男女の一夜のあやまちと同じく、むしろ禍根を残すことのほうが多い。

 ついでに、もう一歩踏み込んで言っておく。

 同じ趣味のサークル内での交友や、職場限定の連帯や、同じ御輿の下で発揮される友情も同じだ。その種の、シチュエーションを限定した中で成立している友情は、結局のところ、酒のサカナに過ぎない。

 ある年齢に達した男たちが、アルコール依存というわけでもないのに、どうしても酒場に通わずにおれないのは、たぶん、友だちがいないからだ。

「友だちだから飲むんじゃないのか?」

 違う。酒なら誰とだって飲める。たとえば、犬が相手でも、酒ならなんとか飲める。ところがブツがコーヒーになるとそうはいかない。話の噛み合わないヤツが相手だと、30分ともたない。というわけで、結論。

 コーヒーで3時間話せる相手を友だちと呼ぶ。

 うん。そういうことだよ。

小田嶋 隆(おだじま・たかし)
1956年、東京赤羽生まれ。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。営業マンを経てテクニカルライターに。コラムニストとして30年、今でも多数の媒体に寄稿している。近著に『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)、『もっと地雷を踏む勇気 ~わが炎上の日々』(技術評論社)など。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

サイゾーパブリシティ