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連載
町田康の「続・関東戎夷焼煮袋」第6回

肉欲に取り憑かれたSMの老人たちをかき分け、お好み焼きミックスで魂の回復を図る

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――上京して数十年、すっかり大阪人としての魂から乖離してしまった町田康が、大阪のソウルフードと向き合い、魂の回復を図る!

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photo Machida Ko

 若い頃には過剰な欲、功名心、虚栄心、嫉妬心、猜疑心などに自ら苦しみ、また、それによって他を苦しめる、といったこともあるのだけれども、だんだんに年をとってくるとそれらが薄れてくる。

 例えば若い頃は、同じ年頃の多くの者が女にもてているのを見て、自分も女にもてて気色のよい行為に耽りたい、と強く念願する。なぜ、あいつがもてて俺がもてないのだ、と怒りすら感じる。

 中年になっても状況はあまり変わらない。女にもてたいと強く思う。なぜなら同じく中年でありながら女にもてる者が半数程度いるからで、見るにつけ羨ましく思う。ただし、若い頃のようにそれを理不尽に思うことはない。あいつは金持ちで人間もどことなく粋だからなあ、と寂しく納得する。

 初老になると少し違ってくる。それくらいの年になると女にもてる者はごく少数で、もてないのが普通だからである。女にもてたいという気持ちは変わらずあるので、もてない苦しみ、悲しみは変わらないが、若い頃と比べると、それも随分と薄らいでいる。

 そしてもっと年をとると、女にもてたい気持ちそのものが薄らぎ、そういう面倒くさいことはできれば避けたいなあ、なぜならしんどいから。と思うようになる。身体は衰え、しかし、心は澄んで、庭石と美女を同じ心で眺められるようになる。

 こうした状態を、枯淡の境地、という。

 楽器がアホみたいにうまくなりたい。というのであれば、アホみたいに楽器の練習すれば二年くらいでなれるかもしれないが、枯淡の境地に至りたいと思って二年間、アホみたいに枯淡の練習をしたところで、枯淡の境地、に至ることはできない。

 なぜなら枯淡の境地に至るためには実際の時間すなわち、老い、が不可欠だからである。

 そんなことで、自分もいつかは枯淡の境地に至ることになり、そうすればいろんなことが楽になるので早くそうなりたいなあ、とこれまでは思っていたが、SM老人をかき分けてようやっとたどり着いた肉売り場で、「無理かも」と思った。

 肉売り場には無数の人間が殺到しており、その数は野菜売り場の比でなかった。その多くは老人であったが、肉に群がるその姿は枯淡とはほど遠い、肉に憑かれた肉の亡者そのもので、その肉に対する執着・執念たるや凄まじく、立ちこめる妄執の気配はキャベツ売り場の比ではなかった。

 肉、肉、肉。頭のなかには肉のこと以外、なにもないように見えた。誰も目を血走らせ、或いは、ギラギラ光らせ、髪を振り乱して肉を渇仰していた。

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