『新・実例に学ぶ「政教分離」』(展転社)
――特集【1】から見てきた通り、宗教と政治のつながりがタブーとなっているその前提には、近代以降の社会で確立した政教分離という思想がある。ここでは、そんな政教分離の原則について各国の最新事情を見ていこう。
多くの近代国家にとって、原則となっている「政教分離」。
この問題に対して、現在、海外ではどう取り扱われているのか? 「政教分離」について詳しい同志社大学神学部・小原克博教授に解説いただいた。
まず、アメリカ。11月6日に投開票が行われた大統領選挙では、「中絶反対」「同性婚反対」などを掲げるキリスト教会の声が、候補者の発言に影響を与えた。
「アメリカも政教分離を掲げていますが、正確にいえば『宗教と政治の分離』ではなく、『教会と国家の分離』。この場合、大統領の宣誓が聖書に手を置いてなされることはアメリカの宗教理解からすれば許容範囲ですが、特定の教会組織や宗教団体が国政を担うようになってはいけない、すなわち『国教樹立の禁止』ですね。だから、宗教界が団体をつくり、政治に働きかけることは問題がありません」(小原教授)
特に、民主党と共和党の人気が拮抗していた今回の選挙では、宗教団体の浮動票が、キャスティング・ボートを握ることも予想された。
「宗教団体による組織票の割合は、決して多いわけではありませんが、まとまった票が獲得できることは間違いない。候補者の人気が拮抗した選挙の場合、その影響力は無視できません」(同)
また、アメリカと同様に、キリスト教会の影響が強いのが韓国。人口の5分の1がキリスト教徒という韓国では、金泳三、金大中、盧武鉉、李明博と、近年、大統領となる人物が続けてキリスト教を信奉している。
「特に近年、韓国ではキリスト教会からの政治に対するバックアップが強くなっています。ただ、アメリカと異なるのは、特定のイシューに対する意見を強硬に主張しない点。政治と緩やかにつながる程度にとどまっています」(同)
一方、ヨーロッパでは、近年、政教分離に関して問題とすることは少なくなったようだ。「キリスト教民主党」「キリスト教社会同盟」といった宗教と関係が深い政党は存在している。
そのヨーロッパで、厳格に「非宗教」の鉄則を貫いているのがフランスだ。公共空間に、いかなる宗教的なアイコンでも持ち込むことを禁止し、いわゆる「スカーフ禁止法」を制定することで、イスラム教徒の学生が、学校で民族衣装を着用することもできなくなってしまった。
「フランスでは、ブルカやニカブと呼ばれる顔全体を覆うベールを街中で身に着けただけで罰金となります。公共空間から徹底的に宗教を排除しようという思想です。当然、このような排除の是非をめぐっては、フランス国内でも議論が分かれています」(同)
とはいえ、フランスほど排他的な例は珍しい。多くの諸外国では国民に特定の宗教に対する信仰心が根付いているため、宗教と政治がゆるやかにつながる程度なら、日本ほど国民にも違和感はないようだ。
では、日本国内での政教分離をめぐる状況はどうだろうか?
現在、政教分離をめぐって議論されるテーマのひとつが、「公益法人制度改革」だ。今は既存宗教への影響はないが、ここにメスをいれる議論があることは、本文で論じた通り。宗教法人側はこれに対して、ヒステリックなほど反対の意を表明している。
また、東日本大震災からの復興にも、政教分離の原則は影響を及ぼしているようだ。復興庁が提示した基本方針には「地域における暮らしの再生」とあるが、日本国憲法第89条に「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便宜若しくは維持のため、(中略)これを支出し、又はその利用に供してはならない」と定められているため、神社やお寺などの再建に税金を投じることは許されない。折しも復興予算のずさんな使用ぶりが表面化している昨今、宗教施設としてだけでなく、公共的な役割を担う神社や寺の再建に復興予算が使えないというのは、どこか疑問が残る。
宗教は、国民のアイデンティティにもかかわるデリケートな話。だからこそ、社会においてどうあるべきなのかについて、個別の問題にとどまらず、政教分離という原則に対しての真剣な議論が望まれる。
(萩原雄太)