サイゾーpremium  > 連載  > 友達リクエストの時代  > 【連載】小田嶋隆の「友達リクエストの時代」

SNS隆盛の昨今、「承認」や「リクエスト」なるメールを経て、我々はたやすくつながるようになった。だが、ちょっと待て。それってホントの友だちか? ネットワーク時代に問う、有厚無厚な人間関係――。

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小田嶋隆『もっと地雷を踏む勇気』

「◯山◯太郎さんからFacebookの友達リクエストが届いています。」

 知らない名前だ。

 誰だろう。

 11年の7月にフェイスブックのアカウントを作って以来、同じ調子のメールが断続的に届くようになった。はじめのうちは、相手の名前を検索したりして、一応、気に留めていた。が、じきに放置するようになった。たいして親しくもない知り合いや、見も知らぬ他人からの「友達リクエスト」に、いちいち圧迫を感じている自分の小心さが、ばかばかしく感じられたからだ。

 そもそも「友達リクエスト」とはどういう料簡だ?友だちというのは、誰かが誰かに対してリクエストするべき関係なのか? でもって、その「友達リクエスト」なる申し出に、私が応諾なり容認なりの返事をすると、その瞬間から、我々は「友達」としての関係を取り結ぶことになるのか? ってことは、このアメリカ生まれの実名登録システムは、友だちを仲介するデジタルの女衒みたいなものだと考えてよろしいのか?

 疑問だらけだ。

 この連載では、「友だち」について考えてみたいと思っている。

 最初に言っておくが、私は友だちの多い人間ではない。自分では特別に気難しい性質だとは思っていないのだが、結果から振り返れば、新しい知り合いを作るのが苦手なタイプであることは確かなようで、そういう意味では、偏屈な男なのかもしれない。

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2019年6月号