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高須基仁の暴言・放言・妄言録 私は貝になりたい 第69回

顰蹙は金を払ってでも買え そう語った団鬼六の葬儀に大型バスで乗り込んだ!

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「しゃべるな!」と言われたことを、あちこちでしゃべりまくり、命まで狙われたこともあるというタカス。周囲から怒られる度に「貝になる」と誓うのだが、その方言癖はいまだ健在だ。

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団さんとは、05年に「大人の猥談」と称して、「サイゾー」で対談をやった。愛人を売買するって話が印象的だった。「今まで自分が育ててきた女を、友人に売るんです。30万でどうだ、とか」(団さん)。大卒初任給が3万円だった時代の話だ。

5月6日、団鬼六が亡くなった。79歳だった。訃報を聞いてすぐに団さんの奥さんにおくやみの電話を入れた。奥さんは演歌歌手の黒岩安紀子さんである。

 告別式は東京・芝公園の増上寺で営まれた。私の元へマスコミ各社から「小向美奈子は来ますか?」との問い合わせ電話がかかってきた。浅草ロック座の斎藤智恵子会長に確認したところ、「行くようだ」というので、その旨を各社に伝えた。

 初め、私の似顔絵入りのドデカいラッピングバスで増上寺に向かったが、大きすぎて山門を通れず、結局車を乗り換えた。席は到着順。開式15分前でも人はまばらで、前から4列目に座った。いちばん前に座ったのは幻冬舎社長の見城徹氏、日本将棋連盟会長の米長邦雄氏、元ポルノ女優の谷ナオミ、愛染恭子、そして小向だった。黒岩さんは「派手な人だったので、派手なところで告別式を開いてあげたい」と言っていたが、最終的に集まったのは300人くらいだろうか。

 文化人の告別式というと、芸能人と同じくらいの規模を想像する人もいるが、実際はそんなに集まらない。08年に亡くなった作家・百瀬博教さんを偲ぶ会は青山葬儀所で営まれたが、集まったのは数百人だった。関係者は石原裕次郎の葬儀のように、ファンが何万と集まると思ったようだが、文化人を弔うのは関係者がほとんど。全国に散っているファンは、わざわざ足を運ばない。どんなに流行作家であっても、芸能人と錯覚して派手にやるものではないなと、しみじみ感じた。もっとも団さんは4月に、親しい編集者や仲間60人ほどを集めて、最後の船上の宴を開いている。残念ながら、私はその日、仕事があり出席できなかった。

 棺の中の団さんは激やせし、僕の知っている脂ぎった団鬼六とは違っていた。すごくハンサムで「文学青年」といった顔立ちだった。愛染に「団さんって、あんなにハンサムだったんだな」と言ったら、「そうなんですよね」とうなずいていた。

 05年に「サイゾー」で私と対談をした頃は、「昔は女を売買した」「(官能小説で)最近は男ではなく女をどうやって興奮させようか考えている」と生々しいことを語り、エロじじいという印象だった。やはり人間は70歳が限界なのだろうか。この5~6年、団さんは何をやってるかわからないような状況だった。かねてから「SMが書けない。自分が昔書いたものをお手本に書いている」とも言っていた。もう書きたいことは全部書いたということだろう。最後にお会いしたのは05年。緊縛師・明智伝鬼が亡くなり、最初に団さん、次に私が弔辞を読んだ。

 若い編集者に「『鴇色の蹴出し』の意味がわからない」と言われ、「ピンクの腰巻き」に書き換えられて断筆を決意したという有名なエピソードがあるが、それは建前だったようだ。当時、雑誌「将棋ジャーナル」を買い取った際に借金がかさみ、自宅も失ったため、印税の差し押さえを防ぐために断筆を宣言したようだ。「鴇色の蹴出し」のエピソードは、彼流のダンディズムである。

 私の知っている団鬼六は、異形であり異質であった。だが、団鬼六は異形を演じ続けていたのだと、私は確信した。それは盾であり、彼が書いていたSM小説は矛であった。まさしく「矛盾」。晩年、体調を崩し余計なものをそぎ落としていった結果、最期に現れた顔の美しさが本来の姿だった。

  ──期は夢よ、ただ狂え。「閑吟集」の歌だが、団さんはそれを雑誌「ダカーポ」(マガジンハウス)の連載エッセイのタイトルにした。先のことはわからない、済んでしまったことは仕方がない、ただ今を楽しむ。団さんは足まめだった。私も、どんな苦しい時でも、呼ばれたらどこへでも行く。明日はない。今を大切にしなければならない。

 2月16日から渋谷や六本木近辺を走っていた私の宣伝用ラッピングバスは、震災後も3月16日からすぐに稼働している。私がかかわっているクラブの宣伝を兼ねたものだが、あのバスを見て、お化けみたいな人からたくさん連絡が来た。「金返せ」「一体何をやってるのか」「こんな悪いことをやっていたのか」……。団さんは、「世の顰蹙は金を払っても買え」と、破廉恥の作法を私に教えた。私は相変わらず顰蹙を買い続けている。言ってみれば、あのバスは団さんへのオマージュである。山門から入ることができず、残念でならない。

 告別式前、私は頭上のボルサリーノを奥さんに示し、「これはカツラ代わりだから」と、かぶったまま参列することを伝えた。団さんも晩年はカツラだった。だが、最期のお別れの瞬間、思わず帽子を脱いだ。

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