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小田嶋隆の「東京23話」【15】

【小田嶋隆】中央区――酒に溺れた男の繋いだ縁と、二十年越しの再会

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東京都23区――。この言葉を聞いた時、ある人はただの日常を、またある人は一種の羨望を感じるかもしれない。北区赤羽出身者はどうだろう? 稀代のコラムニストが送る、お後がよろしくない(かもしれない)、23区の小噺。

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 築地本願寺にほど近いビルの8階に、レコーディングスタジオがある。まだがん研究センターの病院が古い建物だった時代、花田歩夢は、そのスタジオを何度か訪れたことがある。用件は、シナリオの読み合わせだ。中野にある劇団で劇団員をやっていた飲み仲間の男が、二日酔いで動けないというので、代わりに顔を出したのだ。

「えーと、誰の知り合いだったかな?」

 50歳ほどに見える痩せた男が、来意を尋ねた。

「はい。木島亮平の代役で参りました」

「代役? どういう意味?」 

「よくわかりません。こちらでお世話になっている木島亮平が動けないというので」

 男は苦り切っていた。

「動けないって、どういうことだ? 病気か何かで寝込んでるのか?」

 正直に二日酔いと言って良いものかどうか迷ったが、結局、本当の事情を話すことにした。初対面の人間にウソを言うのは良くない。それに、亮平の酒癖は、周囲に隠せる段階を超えているはずだった。

「二日酔いです」

 男は歩夢の顔をしばらく見つめて、やがて言った。

「君も二日酔いじゃないのか?」

「ええ。でも、動けないほどではないので」

「……事情はわかったから、今日のところはこのまま帰って、木島君に伝言を伝えてくれ」

「……はい。では、伝言をうかがいます」

「ふ・ざ・け・る・な、だ」

「わかりました。伝えておきます」

 携帯電話がなかった時代ではあったが、生身の人間が口伝えで伝言を運ぶケースは、当時であっても、珍しい仕草だった。携帯電話についていえば、証券会社の人間やマスコミの記者連中が、会社支給のポケベルを持たされるようになったのが1980年代の半ばで、歩夢が築地のスタジオを訪れたのは、そのポケベルがようやく一般の新しがり屋の間で普及しはじめた90年のことだ。

 エレベーターを待っていると、さきほどの痩せた男がドアを開けて言った。

「君、このあと時間はあるのか?」

「はい」

「名前は?」

「花田歩夢といいます」

「せっかく来たんだから、代役をやってもらうことにするよ。まあ、この際、字が読めるんなら猫だってかまわないわけだからね」

 その夜は、徹夜になった。木島が言っていた代役というのは、翌年の春に発売予定のパソコン用ゲームにセリフを当てる仕事で、その日は、本番でこそなかったものの、シナリオの最終稿のチェックと、タイミング合わせを兼ねて、本番と同じメンバーで通しのセリフの読み合わせをする通し稽古の予定日にあたっていた。録音室の中には3人の男女が揃っていて、それぞれに台本を持っている。歩夢に渡された台本は、本来、亮平が読むべきところに青い色のマーカーで色がつけられている。

「花田君だっけ? 君は棒読みでかまわないから、とにかくマーカーのついてるセリフを読み上げてくれればいい。変に演技しなくていいから」

 と、さきほどの男が言う。

「まだ、お名前をうかがってなかったですが」

「オレは中村左京。それから、一緒に読むメンバーは、伊東と竹野内と山下。覚えなくてもかまわないよ。代役なんだから」

「はい」

 しかし、次のスタジオ録音の日も、亮平は立ち上がることができなかった。というよりも、この半月ほど、彼はマトモな社会生活ができなくなっている。

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