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小田嶋隆の「東京23話」【16】

【小田嶋隆】杉並区――その日、彩美が学校を休む理由

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東京都23区――。この言葉を聞いた時、ある人はただの日常を、またある人は一種の羨望を感じるかもしれない。北区赤羽出身者はどうだろう? 稀代のコラムニストが送る、お後がよろしくない(かもしれない)、23区の小噺。

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(絵/ジダオ)

 夏休み明けの最初の水曜日、彩美は学校を休んだ。高校に入学して以来、無遅刻無欠席だった記録がこれで途切れたことになる。でも、こういう記録は早めに切断しておいたほうが良い。変に続くと、記録が一人歩きをしてこっちを圧迫するようになる。

 中学二年生の時、クラスの全員が無遅刻無欠席を続けていた記録が、彩美の無断欠席によって途切れたことがある。その時の担任教師の錯乱ぶりと、クラスメートたちの冷淡な視線を、彼女はいまでも少し根に持っている。

「なんでもありません」

 と、彩美は執拗に同じ質問を繰り返す教師に、欠席した理由と、地元の駅から電車に乗って向かった行き先を、最後まで答えなかった。

 2年近く続いていた完全出席記録が途絶えたことで、クラスを支配していた団結の空気は、ウソみたいに消えてなくなった。というよりも、32人の級友を結びつけているかのように見えた絆が、そもそもウソだったのか、でなければ思い込みに過ぎなかったのだ、と、彩美はそう考えている。

 その日、彩美は、小学校2年の時以来別居していた母親に会うために、駒沢公園のそばのオープンカフェに向かっていた。が、店に到着すると母親は消えていた。彼女は一人でカフェラテを飲み、一時間ほど駒沢公園を歩いて、結局、家に戻った。

 一年後、その母親の静子から連絡があった。

 東京の高校を受験するつもりなら、自分の住んでいる場所に住民票を移してもかまわないという、独特の遠回りした言い方で、同居を打診するメッセージだった。静子がこんなことを言い出したのは、駒沢でのすれ違いの半年後に、彩美と同居していた静子の母親のトキが、急死したからだった。

 葬儀のために帰省した折、静子は、彩美に福島市内の実家を処分して、東京で暮らすプランを提案した。しかし、彩美は頑として同意しなかった。

「ブラスバンドの大会があるから」

 というのが、彼女の言い分だった。

 彩美は、福島に住むようになって間もなく、地元の鼓笛隊でクラリネットを担当するようになり、中学校に進んでからは、テナーサックス奏者として、学校の吹奏楽部で活躍していた。秋には、全国大会がある。彩美の中学校は、前の年に県代表として、銅賞を獲得する成績を残している。今年は、主力の三年生部員として、順調に県予選を突破し、昨年以上の成績を期待されている。その三年生部員のエースであり、顧問教師のいない時には、指揮棒を任されている自分が、夏を前に地元を離れるわけにはいかないというのが彼女の言い分だった。

 静子がメッセージを送ったのは、コンクールが終わって、彩美の中学校が銀賞を獲ったことをネットで知ったからなのだが、それ以上に、郊外の一軒家で一人暮らしをしている彩美の境涯に懸念を抱いているからだった。

「大丈夫だよ。友だちが泊まりに来てくれるし」

 と、以前電話をした時に、彩美は笑ってそう言っていたが、静子は納得しなかった。

「それが心配なのよ」

「どうして?」

「どうしてもこうしてもないでしょ? 中学生が一人住まいしている家が仲間のたまり場になって、いつまでも無事で済むわけがないじゃない」

 じっさい、市街地から5キロほど山側にある彩美の家は、やがて素行の良くない少女たちの根城になった。そして休日には吹奏楽部の選抜メンバーが組んだバンドの練習場に変貌してもいた。

 ただ、彩美自身が身を持ち崩したのかというと、そういうことにはならなかった。彼女は、野心的な中学生だった。東京の高校に進むことを意識して、独力で受験勉強を進め、内申書の点数を維持するべく髪を染めることもしなかった。そして、東京の高校を出たら、ジャズの世界でサックス奏者として食べていく将来像を思い描いていた。自分の腕前に彼女は大きな自負を抱いていた。で、祖母が亡くなってからは、サックスの練習に没頭していた。

「あんたうるさいよいつもプープープープー」

 と、勝手に泊まりに来ている少女たちが苦情を言ってくることもあったが、彩美は取り合わなかった。

「うるさいんなら出て行きなよ。あんたたち、いったいここが誰の家だと思ってる?」

 彩美の弱点は、自前の楽器を持っていないことだった。彼女がいつも吹いていたのは、学校の音楽室の備品で、本来は持ち出し禁止のブツだった。

 彼女が、必死で勉強して、杉並区の都立の進学校に進んだのは、将来ジャズミュージシャンとして一人立ちするにあたって、高校の名前が一流であることが外せない要件だと、彼女自身が強く思い込んでいたことの結果だった。彩美の考えでは、自分の環境からして、音楽学校はもとより、大学に進学することはほぼ不可能で、とすれば、最終学歴となる高校の名前は、誰もが知っている一流校でなければならなかった。聴衆は、ミュージシャンの前歴に冷淡みたいな顔をしているが、その実、血眼になって学歴をチェックしている。音を聴いてわからない部分は、最終学歴や血統の知識で補うのが、ジャズを聴くディレッタントたちの通り相場で、彼女もまた、そういう点では同じだった。だからこそ、学校の名前には必要以上にこだわっていた。

 彩美は、東京に進出(「上京」という言葉を彼女は好まなかった)するに当たって、二つの目標を自覚していた。そのうちの一つ目の、一流高校に進学するというミッションは、すでに達成している。

 その日、彩美は、二つ目の目標をクリアするべく、朝から、学校を欠席して、新大久保の中古楽器店を訪れていた。目当てのブツは、ネット上で下見して、おおかた、目星をつけている。あとは、実際に音を鳴らしてみて、感覚にフィットしていれば、その場で購入するつもりだった。資金は、この半年間。毎日のように母親を説得して、ほとんど喧嘩腰の交渉の結果、引き出すことができた。

「悪い条件じゃないでしょ。高校を出るまでの学費と、この楽器を買うためのお金を都合してくれたら、私は、二度とあなたの世話にはならないんだから」

「堕胎費用だと思ってなんとかしてよ」

「堕胎?」

「私を妊娠した時、検討したでしょ?」

「あなたなんてこと言うの?」

「わからない? あなたが16年前に堕胎費用を節約した分の支出を、その堕胎の失敗の結果が、いま目の前で要求してるってことじゃない」

「そういう口のきき方は、どこで覚えたの?」

「さあ、DNAのせいじゃないかしら」

 彩美は、今年の3月に愛用のサックスを学校の音楽室に返して以来、この半年間楽器に触れていない。

 で、あらためて思い知ったのは、自分が楽器を鳴らしていないと平常心を保てない人間だということだった。私には、ジャズの血が流れている。この半年ほどのメンタルの不調を彼女はそう解釈していた。

 目当ての15万円ほどの、美しい楽器は、吹いてみると、思い通りの音を奏でる。腕もそんなに落ちていない。高音が少し不安定な感じはするが、カンは鈍っていない。この楽器を持って、軽音楽研究部に入部を申し出たら、彼らはどんな顔をするだろう。

 翌日、彩美は、軽音楽部の練習場所になっている講堂の楽屋を訪れた。

「二学期からでも入部は受け付けてますよね?」

「ん? 一年生? 楽器は何かやるの?」

「はい。サックスを」

「……サックスかあ。いま、うちサキソフォンだらけなんだよ。ほかの楽器は? ベースとか」

「はい?」

 急激に未来が閉ざされていく感じに襲われた彼女は、部室に居合わせた部員に返事をすることもなく、その場でおもむろにリードを装着すると、「マイ・フェイバリット・シングズ」を吹き始める。

「おい、ちょっとキミ、マズイよ。放課後までは、音を出しちゃいけない決まりになってるんだから」

「ねえ。キミ、とにかく、ストップしてくれよ。でないと、人が集まって来ちゃうじゃないか」

 果たして、人は集まってきた。剣道部の道着をつけた連中や、通りがかりの生徒や、軽音楽部の部員たちが、全部で20人ほど。そして、演奏が終わる頃には全員が手拍子を打っていた。

小田嶋隆(おだじま・たかし)
1956年、東京赤羽生まれ。早稲田大学卒業後、食品メーカーに入社。営業マンを経てテクニカルライターに。コラムニストとして30年、今でも多数の媒体に寄稿している。近著に『小田嶋隆のコラム道』(ミシマ社)、『もっと地雷を踏む勇気 ~わが炎上の日々』(技術評論社)、『友だちリクエストの返事が来ない午後』(太田出版)など。

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