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DJ DARUMA & JOMMYの「BLACK PAGE」【16】

ビートを操る革命児 KMの奇異な音楽経歴

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――ダンスフロアからの新たな刺客。DARUMAとJOMMYの画期的音楽探究。

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(写真/岩澤高雄[The VOICE])

今月のゲストは、泣くB-BOYも黙る気鋭のプロデューサー・KM氏。LEXをはじめ、BAD HOP、ANARCHY、(sic)boyなどのプロデュースを手がけ、今やヒップホップの垣根を越えて活躍の場を広げている彼は、なかなか風変わりな経歴の持ち主でした。

DJ DARUMA(以下、D) 来ていただき光栄です。

JOMMY(以下、J) KMくんとは結構長い付き合いになるんだけど、それこそクラブでレジデントをやってた頃からになるよね。

D それはヒップホップ?

KM(以下、K) EDMです。

D え――――!(笑)

K 西麻布にある、いわゆるチャラ箱の頂点のようなクラブで金土のレジデントをやってました。

D ちょっと待って、そこに辿り着いた経緯を知りたい。

K 中学のときにDJが流行っていて、ギターを買ってバンドやろうぜという空気よりも、「タンテ(ターンテーブル)っしょ!」みたいな時代だったんですよね。それから「クラブでDJをやりたい」と思い、当時mixiで先輩に相談して、16歳か17歳くらいのときに西麻布の『328』という小箱でレジデントをやらせてもらいました。

J 出身が六本木なんだっけ?

K 出身は神奈川で、そのあと広尾に引っ越して遊ぶのは六本木や西麻布でした。

J 完全に環境だよね。

D 最初からヒップホップだったの?

K 328は客層が20~40代の音楽好きの人たちで、ヒップホップやレゲエ、ロックもかけるオールミックスの箱だったんですけど、僕自身はハウスが好きでしたね。もちろん、ヒップホップもプレイしてたんですけど、エレクトロとかのいわゆるダンスミュージックをよくプレイしてました。

J そこはどのくらい続けたの?

K もう閉店してるんですけど、2000年から10年くらいは続けてたと思います。給料はなかったんですけど、ドリンクもタダだったので、いい経験になりました。後半はほかのクラブでもDJをしつつ、その頃からロジックを使って制作やエディットも始めてたと思います。

D 音楽理論はどこで学んだの?

K ミクスチャーにハマったことでギターをやったこともあるんですけど、基本は独学ですね。2010年になる前くらい、DARUMAさんやJOMMYさんがエレクトロやバイレファンキのムーブメントを紹介してくれていたこともあって、かなり楽しく聴いてたんですけど、結構僕の中ではそれがキーポイントになってるんですよね。A・トラックの『Dirty South Dance』(07年)を聴いたときも衝撃で、「自分の好きなラッパーがハウスのトラックに乗ってる!」って。そのほかにもクンビアベースやムーンバートンとか全部面白くって、制作でもいろいろトライしてました。

D そこからどうチャラ箱のレジデントにつながるの?

K 328と比べて女の子のお客さんが多くて、その頃にはEDMの波も来ていたんで、みんな踊って盛り上がってるんですよ。なので自然に入り浸ってしまい。

J 確かそこのクラブは「タイムカード制」だったんだよね?

K やってました。遅刻したら怒られるし……って当たり前なんですけど(笑)、退勤のときは泥酔で押してました。その頃ですよね、JOMMYさんの連載に対談で呼んでもらい、「EDMは仕事として割り切ってるんですけどー」と見栄を張った記憶があるんですが……思い返せばあの時間は好きでした(笑)。

D 良い意味で修業だもんね。

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KM(けーえむ)
1987年、神奈川県生まれ、東京育ち。ヒップホップに根差したサウンドで、ロックやハウス、エレクトロなど、他ジャンルから吸収した要素を遺憾なく融合させる匠の技を持つプロデューサー/ビートメイカー。(sic)boyやLEXのプロデュースはもちろん、昨年リリースされた自身のアルバム『EVERYTHING INSIDE』(Mary Joy Recordings)は必聴。

K ひとりで一晩を任せられることもあって、フロアは常にパンパンなんですよ。気分は外タレでした。

D その経験がポップフィールドにもいるリスナーを盛り上げる要素になってるんだろうね。

K 実は今でも楽曲制作の際には、「チャラ箱でもウケるかな」ということを念頭に置いてるんです。週末にチャラ箱で楽しむ人たちにも自分の音楽が刺さるかどうか。常に大事に考えてます。

D そこをやめてから制作に集中するようになるの?

K 並行でやってたんですけど、子どもができたので生活を安定させるためにサラリーマンを2年くらいやりました。クラブはいつクビになるかわからない職種で心もとなかったので、平日はサラリーマン、週末はDJ。内装業でスーツを着用して現場監督をする仕事だったんですけど、さすがに限界が来て、平日は制作に打ち込むようにしました。収入にはならないけど自分の作品をサンクラ(SoundCloud)にアップしたり、とにかく自分の色を出す作業と言いますか。

J どのへんから軌道に乗るの?

K わりと早い段階でトラップをキャッチできたのが大きかったと思います。EDMやダブステップを聴く流れでフロストラダムスやウージーの曲も聴いてて。そのときにツイッターでChaki(Zulu)さんが「このサウスのインストみたいなダンスミュージックはなんだ?」とツイートしたら、GUNHEAD(HABANERO POSSE)さんが「これ、トラップですよ」と。そこに自分も加わって、日本でトラップを認識した最前列に入れたんじゃないかという記憶があるんです。身の程知らずな発言になるかもしれませんが、「シンプルだし、イケるんじゃないか?」と思い、それから一生懸命作り始めました。

D それでヒットメイカーになっていくんだ。でも、平日を制作にあてたと言っても、それは大きな賭けだよね。売れるかどうかはわからないわけだから。

K 奥さんからは「大穴だった」と言われました(笑)。

J 信じてついてきてくれたんだね。

K これは紛れもない事実として、本当にずっと応援して支えてくれました。

D 素敵な話ですね。そこからKMくんはヒップホップのシーンにもきれいにフェードインしてきたというか、今やいろんなジャンルから知られているプロデューサーだもんね。

K ここ最近まで実感も湧かないというか、「なんで食えてんだろう?」と不思議に思うこともあります。トラップ以降はリル・ピープのエモにもだいぶやられました。もともとロックも好きだし、この感覚わかるなと。トラップの枠組みは理解していたから、自分の1stアルバム『FORTUNE GRAND』(18年)をリリースしたときは、「KM、こういうの作れるんだ」と感じてくれた人も多いんじゃないかなと。それからはありがたいことに、楽曲だけじゃなくCMソングやファッションショーで流れる音楽の仕事が舞い込んできまして。まだチャラ箱のDJも続けていたんですけど、音楽制作の仕事のギャラを計算してみたらDJのギャラを超えてたんですよね。そのタイミングが、ちょうど子どもが小学校に入学する前だったので、週末に父親が家にいないのも申し訳ないと思い、18年でやめました。

D 最近じゃん!(笑) でも、家族がいたことがKMくんにとってはすごいよかったことなのかもしれないね。

K 26歳で第一子を授かったんですが、若いときの「イケる気がする!」って勢いだけで続けてきたんですが……今こうして振り返りながら話すと恥ずかしい気持ちになります(笑)。

J ちなみにサウンド的には、いま何に注目してる?

K ハウスですね。今年は結構作ると思います。もともとダンスミュージックの文脈からスタートしたヒップホップなので、こうしてDARUMAさんとJOMMYさんの連載で声をかけられたのはすごくうれしいです。

(構成/佐藤公郎)
(写真/岩澤高雄[The VOICE])

JOMMY(じょみー)
10代からストリートダンスを始め、東京のダンスシーン/クラブミュージックシーンを牽引する存在。〈DJ DARUMA & JOMMY〉として、2019年からスタートした新世代ハウス・パーティ『EDGE HOUSE』のレジデントも務める。Instagram〈jommytokio

DJ DARUMA(DJだるま)
ヒップホップの魂を持って世界各国のダンスフロアをロックするDJ/プロデューサー。DJ MAARとのユニット〈DEXPISTOLS〉として、EXILE HIROの呼びかけによって集結したユニット〈PKCZ®〉のメンバーとしても活躍。Instagram〈djdaruma

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