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「マル激 TALK ON DEMAND」【162】

【神保哲生×宮台真司×郷原信郎】河井夫妻逮捕で問われる「政治活動」再定義の是非

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――ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地

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『「深層」カルロス・ゴーンとの対話:起訴されれば99%超が有罪となる国で』(小学館)

[今月のゲスト]
郷原信郎[弁護士]

――河井克行前法務大臣とその妻・案里参議院議員の逮捕劇は、連日メディアを賑わせてきた。巷でも検察を応援する向きが多いようだが、元検察官の郷原信郎弁護士は、世の中が思っているほどクリアカットな選挙買収事件ではなく、今後の成り行きは注視する必要があると警鐘を鳴らす。その背景には「政治活動」と「選挙運動」の微妙な境界線があるからだ――。

神保 東京地検特捜部が6月18日、河井克行前法務大臣と妻の案里参議院議員を公職選挙法の買収容疑で逮捕しました。メディアは単純な買収事件のように報道していますが、実際は法律の解釈を含め重要な争点がいくつもあります。宮台さんはこの逮捕をどう見ましたか?

宮台 日本人は近代司法を知らず、岡っ引き根性になりやすい。つまり、「悪い奴は引っ括ってしまえ」でカタルシスを得て、また日常に戻ります。しかし、今回の問題はそれでは済まない。まずは特捜部にどういう選択肢があり、どの選択肢を取ったことにどんな意味があるのか、ということを理解しなければなりません。

神保 今回の逮捕劇は官僚機構の一部である検察が、「政治活動」の定義を一方的に変更してしまう危険性をはらんでいます。宮台さんがよく引用されるマックス・ウェーバーが指摘する「官僚機構と政治の権力闘争」という文脈上、とても重要な意味を持っている事件だと思いますが、そういう文脈の報道は皆無ですね。しかし、今後、両者の力関係に大きく影響する可能性があります。

宮台 決定的に影響します。これまでも政治家の裁量の範囲は狭められており、規制が厳しくなればなるほど検察官、あるいは検察側の胸先三寸になります。すると、そこで実はいろんな取り引きの可能性も生じる。よくないですね。

神保 今回はこの事件について踏み込んだ発言を繰り返してきた、元検察官で弁護士の郷原信郎さんをゲストにお招きしました。総論的なことからうかがいたいのですが、河井氏は選挙に比較的近いタイミングで、封筒に入れたお金を有権者に配っていたとされます。受け取った側からも「もらってはマズいものなのだと思った」「断った」などの証言が多く出ていることに加え、いつも通り検察のリークを垂れ流している記者クラブ・メディアの報道は、河井夫妻の行為が選挙向けの買収だったことは明白、という報道一色になっています。しかし、実態はそんなに簡単ではないようですね。

郷原 はい。一般的に、公職選挙法違反の摘発というものは、選挙の公示のタイミングで選挙違反取締本部を立ち上げ、警察が行います。通常は選挙期間、公示後あるいはその少し前、直近ぐらいのところでお金のやり取りがあれば、買収ということになりますし、文書違反などの摘発も行われる。しかし今回の事件は、やり取りが昨年3月くらいからであり、同7月の参議院選挙まで期間がだいぶ空いているのです。

神保 4カ月くらい前からお金が配られ始め、その間、94人に2570万円が渡されています。

郷原 このうち40人ほどが現職の首長や議員、県議です。選挙の公示前には必ず、「地盤培養行為」と言われる、支持基盤を拡大していく行為が行われており、これは政治活動に当たるという見方があるんです。つまり選挙から離れた時期で、現職の政治家に渡すお金は買収ではなく、その地盤培養行為に関する、政治資金の寄附だという見方が出てくるということです。

神保 地盤培養行為としてお金を市議や首長に配ること自体には、法律的な問題はないのですか?

郷原 グレーです。公職選挙法の221条には、買収に当たるのは「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束をしたとき」とされており、つまりそうした「目的」があって供与が行われれば、それだけで犯罪は成立するわけです。

神保 選挙に当選させる、あるいは当選させない、という目的の有無がポイントだと。

郷原 地盤培養行為だからといって、この条文では除外されていません。ただ、もともと選挙運動と政治活動の境目は非常に曖昧で、一般には、政治活動であっても、選挙が近ければ、その選挙で自分の党の公認候補を当選させようという「目的」は当然出てくると考えられ、選挙運動と重なります。ただ、従来は政治活動的な色彩の強いものは、政治資金規正法の問題として扱えばいいじゃないかということで、公選法による摘発の対象にすることは避けられてきました。

神保 元検察官として今回の事件を見ると、グレーゾーンであるがゆえに、これまで検察があえて踏み込んでこなかったところに、あえて広島地検が踏み込んだ形になっているということですね。

 全体の構図をおさらいしておくと、広島の参院選挙区には、もともと自民党からは現職の溝手顕正さんというベテラン議員がいて、前の選挙でも圧勝していました。二人区だったので、与野党で議席を分け合っていたわけです。ところが今回、自民党は突如2人目の候補として河井克行さんの奥さんの案里さんを擁立することになった。二人区を自民が独占することはあり得ないわけではありませんが、広島は被爆地ということもあり、一定のリベラル勢力の地盤があって自民の二議席独占は難しい。その一方で、溝手さんという議員は事あるごとに安倍政権を批判してきた人で、首相は溝手さんに強い敵意を持ち、もっぱら溝手さんを落とす目的で、あえて2人目の候補を立てたと見られています。その証拠として、溝手さんには党から選挙資金として1500万円しか支給されない中で、河井さんには1億500 0万円が拠出され、自民党幹部が軒並み応援に入るなどして全面的に案里候補をバックアップしました。そして、案里候補が当選し、前回野党候補にダブルスコア以上の大差をつけて圧勝した溝手さんが、今回は落選します。

 そうして案里候補を当選させるために投入された選挙資金の一部が買収に使われたというのが、今回の逮捕容疑になります。

 黒川弘務さんの定年延長や後任の検事総長問題をめぐり、官邸と検察の間で確執が続く中で、あえてこのような微妙な事件に着手した検察の真意はどこにあるのでしょうか?

郷原 そこまで明確に意図したわけではないかもしれませんが、やはり前提として、溝手候補の10倍もの選挙資金が河井夫妻に提供されたという事実があります。その後、地盤培養行為的なものも含むものの、現金による露骨な、公選法上買収に当たり得る行為が、しかも相当な金額で行われたということで、これは刑事事件として取り上げるべきだということを考えたとも思えます。

「選挙活動」と「政治活動」のあいまいな線引き

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