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伊藤文學の薔薇族回顧譚【10】

【薔薇族回顧譚】三島由紀夫に美輪明宏――「薔薇族」を彩った著名人

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――日本初のゲイ雑誌「薔薇族」創刊編集長が見た、ゲイメディアの勃興とその足跡をたどる

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『楽に生きるための人生相談』(朝日新聞出版)

 日本初の商業ゲイ雑誌「薔薇族」ゆかりの人物には、芸能人やスポーツ選手、作家など、社会的に知名度の高い人物も多数いたことが知られている。

 その中でも、「薔薇族」元編集長・伊藤文學にとって特に思い出深い人々のエピソードをたどっていこう。

「薔薇族」の力強い応援者として真っ先に名前を挙げるべきは、やはり歌手・タレントの美輪明宏氏だろう。

「美輪さんはずっと『薔薇族』のことを応援してくれていた。雑誌を創刊したときも、わざわざ古くて小さい第二書房まで買いに来てくれたんだよ。紫色のロールスロイスに乗って颯爽と」

 よく知られていることだが、美輪氏は日本の戦後芸能界の中でいち早く「セクシュアリティのカミングアウト」をした人物だ。1957年、東西芸能出版社の雑誌「アサヒ芸能」(現・徳間書店)上でのことである。打ち明けられた取材記者の「そんなことを言ってはいけない、隠したほうがいい」という忠告を「本当のことだから書いてほしい」と押し返してのカミングアウトだった。

 そのあと世間から長く“化け物扱い”され続けたという美輪氏にとって、ゲイというセクシュアリティを肯定するべくつくられた「薔薇族」は、応援と期待に値するものだったに違いない。

「頭が良いし教養がある分、おっかない人でもあったよね。美輪さんと対談したときは、小汚い格好してちゃまずいと思って、スーツを新調したよ(笑)」

「薔薇族」創刊200号記念号(89年)には、美輪氏の特別寄稿文『自殺した友よ いま一緒に乾杯しよう』が掲載されている。その最後には、ゲイゆえに家族から責められ自殺したかつての友に向けての、こんな言葉が記された。

「こんなメジャーなホテルで盛大なパーティまで開けるように、『薔薇族』の第二書房ががんばってくれました。やっと、ここまできましたよ」

 さて、そんな美輪氏と交流が深く「薔薇族」とも無関係ではない人物として、伊藤の話に登場するのが作家・三島由紀夫だ。

 彼が表立って「薔薇族」とかかわったことはない。しかし「薔薇族」刊行以前の63年に『薔薇刑』(集英社)というタイトルの写真集のモデルをしていたことや、日本の元祖ゲイ雑誌ともいうべきミニコミ誌「アドニス」の会員だったことから、しばしば「薔薇族」とも関連づけて語られる人物である。

「薔薇族」との大きな接点は、三島が榊山保という別名で「アドニス」の別冊「アポロ」に発表した短編小説『愛の処刑』(60年)だ。2000年代半ばまで三島作であると判明していなかった小説だが、伊藤は早い段階から三島作だと確信していた。

「『愛の処刑』に挿絵を描いた、画家の三島剛さんに聞いてたからね」

『愛の処刑』は、折檻によって生徒を死なせた男性教師が、それを咎める美少年の要求に従い歓喜のなか切腹を行うという内容で、翌年発表された『憂国』にも通じる構造を持つ。伊藤はこれを73年刊行の「薔薇族」No. 11に全文再掲載したほか、83年には映画化もした。

「その前の号で、次号にこういう作品を載せますって告知をしたら、平岡と名乗る人から編集部に『載せないでくれ』って電話がかかってきた。あれは三島のお父さんだったんだろうな。僕はね、三島が本当に書きたくて、映画化を望んだのは『憂国』じゃなくて『愛の処刑』だったと思う」

 そう語る伊藤は、三島の本質は同性愛者だったはずだと推察する。とはいえ、三島本人にそれを確かめることはもうできない。

 同じく作家の寺山修司も、伊藤にとっては思い出深い人物だ。

 寺山修司と伊藤の出会いは、「薔薇族」刊行からさらにさかのぼる53年。当時短歌の学生サークルを結成していた伊藤が、新進気鋭の歌人だった寺山を招き、「十代の作品を批評する会」を開催した縁に始まる。2人の交流は、その後寺山が47歳の若さで亡くなるまで続いた。寺山は「薔薇族」にも好意的だったという。

「寺山くんはね、とある講演で開口一番『僕は女好きで』と言ったんだ。それを聞いて、僕は『ああ、この人もゲイなのか』と思った。そうやって、まず女好きをアピールするゲイは多かったんだよ。それを指摘したら、寺山くんは黙っちゃったけど」

 そのとき、寺山が何を思って沈黙したのかは不明だ。彼が自らのセクシュアリティについて明言した資料は存在しない。

 77年の「薔薇族」50号記念号に寺山が寄稿した詩『世界はおとうとのために』は、次の一文から始まる。

「書かなくとも それはたしかに存在している」

伊藤文學(いとう・ぶんがく)
1932年生まれ、編集者、実業家。父親が創設した出版社「第二書房」入社後、ベストセラーとなったノンフィクション『ぼくどうして涙がでるの』などを出版。71年に、自身はストレートでありながらも日本初の同性愛専門誌「薔薇族」を創刊し、編集長を務める。休刊と復刊を経ながら、2011年、同誌の編集長を辞する。

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