サイゾーpremium  > 特集  > IT  > 【ダンス動画】の歴史と新潮流

――ニコニコ動画を中心に「踊ってみた」という文化がムーヴメントとなったのは、もう何年も前のこと。ダンス動画の制作背景や受容方法は、その後もどんどん進展しているのだ。そこで、ウェブとダンスの歴史をあらためて整理し、最新状況をひも解いてみたい。ダンス好きな我が子と話がかみ合わないお父さんは、ぜひ一読を!

1504_dance_1.jpg
「踊ってみた」動画を数多く誘発したAKB48「恋するフォーチュンクッキー」。

 80年代のバンド・ブームを例外として、70年代のディスコ・ブームから21世紀の現在に至るまで、もうずっとダンスは若者文化の先頭に居座り続けている。いや、もはやブームがどうこうを超えて、ダンスは一般教養として根づいており、2012年に中学校の保健体育でダンスが必修化されたのは、その証明にほかならない。

 そうしたダンスの現在形は、もちろんウェブにとっても無視できない存在だが、その状況は07年の「踊ってみた」以前・以後でまったく異なっている。以前の状況について、05年に大ヒットしたFLASH動画「恋のマイアヒ」を例としよう。該当作品は確かに面白い動作のある空耳FLASH動画としてヒットしていたが、原曲を実際に踊ってみる現場はディスコだった。なぜなら踊ってみた動画を披露・公開する場所がウェブになかったからだ。オンラインとオフラインの現場は分離していたのである。

 しかし、05年設立のYouTubeが、海外では同年12月、日本では06年3月頃から普及し始めると、ウェブの風景が変わってくる。以前は重くて嫌われていたはずの"動画をつくること/見ること"が、最先端のコンテンツへと変貌。日本でも06~07年にアメーバビジョンやニコニコ動画が立ち上がり、舞台はオンラインまで拡張されたのだ。ここでは、ウェブで見られるダンス動画の傾向と対策を見ていきたい。

「踊ってみた」はいつ生まれたのか?

 先ほどから出てくる「踊ってみた」とは、そもそも何か? 語源をたどると、07年3月8日、アメーバビジョンに踊り手のニコ麻呂が投稿した動画「レッツゴー陰陽師を踊ってみた」から広まった名称だ。対戦型格闘ゲーム『豪血寺一族』のアニメーションPV「レッツゴー!陰陽師」の踊りを、実際に男性が踊って再現した動画で、アイドル文化における「振りコピ」が、アイドル以外に適用され始めたともいえる。昔のニコニコ動画はYouTubeやアメーバビジョンの動画を表示できたため、ニコニコ動画でツッコミを入れながら鑑賞するのが人気となり、模倣者が続出する事態となった。

 ただ、「踊ってみた」がムーヴメントとして成立した背景は、07年3月に日本各地で始まった「驚異的な大人数でハレ晴レユカイを踊るOFF」(ハレオフ)の影響がより大きいだろう。06年にアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディング曲「ハレ晴レユカイ」をオリコン1位にしようという運動があり、不特定多数で秋葉原に行ってCDを買うオフ会が開かれた。当初はそれだけの予定だったが、「ハレ晴レユカイ」のエンディング映像はダンスも注目されていたため、一緒にダンス練習が定番化。そのダンス映像がYouTubeに公開され、ついにダンス映像公開がメインになったのがハレオフである。ニコニコ動画の古参踊り手・ただのん(TDN)、アニソンを中心に踊るダンスパフォーマンス集団のゾンビーズやR・A・B(リアルアキバボーイズ)などは、この流れから登場した。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...
この記事を購入※この記事だけを読みたい場合、noteから購入できます。

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2019年12月号