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第1特集
メルマガビジネス最前線

"ネット限定有名人"はなぜ生まれる? 百花繚乱メルマガビジネスの天国と地獄

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――有料無料問わず、本誌読者であれば、誰もが一度はメルマガを定期購読したことはあるだろう。情報商材から他愛のない日常、さらには生活の智慧まで、その内容はさまざまだ。97年に「まぐまぐ!」が、12年には「ブロマガ」が登場し、現在はちょっとしたメルマガブームになっているが……。

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現在のメルマガブーム火付け人といわれる堀江貴文。

 2013年の10月、ドワンゴの運営するメルマガ配信のプラットフォーム「ブロマガ」から、購読者数が全体で10万人を超えたことが発表された。陰りが見えてきたと言われながらも、なおもメルマガ市場は伸び続けているようだ。

 それにしても一体、メルマガが脚光を浴び始めたのは、いつのことからだろうか。少なくとも、昨今のブームの発端が元ライブドア社長の堀江貴文氏であったのは間違いない。「まぐまぐ!」でメルマガを始めたのが、2010年10月。11年6月に収監された後も着実に会員数を増やし、3・11の前には既に1万人超の会員を獲得していることが話題になっていた。

 その後、堀江氏のメルマガを配信するまぐまぐの大川弘一社長が、収監された堀江氏に既に累計1億円を支払っているとツイッターでつぶやき、大きく話題に。堀江氏に続いて、ジャーナリストの津田大介氏のメルマガが成功、さらに“切込隊長”こと山本一郎氏やITジャーナリストの佐々木俊尚氏、さらには金融系ブロガーの藤沢数希氏など、多くの著者が順調な売上を出しているらしいと業界で話題になった。そうして気が付けば、世はメルマガブーム。まさにいつの間にやら……という印象の人が多かったのではないだろうか。

 ただ、本格的にこれが議論の的になったのは、12年8月にドワンゴがリリースしたブロマガ(※ブログとメルマガと電子書籍の一規格ePUBを同時に配信できるシステム。法人や個人が動画や生放送を配信するニコニコチャンネルという仕組みに追加された機能)の誕生だろう。

「アルファブロガーとか言われてた人のメルマガって、一線退いた芸能人のその後のディナーショーみたいなもんでしょ? 嫌すぎるよねw」

 これは、ブロマガの設立を受けて元株式会社はてなCTOの伊藤直也氏が、ツイッターでつぶやいて物議を醸した発言である。この“ディナーショー発言”に象徴されるように、ネット上では有料メルマガをめぐる議論が大きく盛り上がったのだ。

 実のところ、すでにこの時点でメルマガスタンドの老舗まぐまぐのトップには、津田大介氏や堀江貴文氏のような今をときめくネット有名人に加え、かつてアルファブロガーと呼ばれた人々や芸能人の面々が並んでいた。それがここに来て論争になったのは、ブログとツイッターを中心にした「ネット論壇」の読者たちが、メルマガなどという太古の昔からある「枯れた技術」に続々と作り手が移行していく理由を深く考えていなかったからなのではないか。

 一般にメルマガビジネスの始まりといわれるのは、97年における国内初のメルマガスタンドまぐまぐの誕生である。実に20年近く前のことである。まぐまぐ創業者の深水英一郎氏によれば、当時すでに電子ニュースレターなどの名前で定期的にメールを送る人たちは存在していたという。深水氏もそのひとりで、そもそもまぐまぐは、自身のメール配信作業の効率化のために作ったサービスなのだが、この利便性を他人も使えるようにしようと無料公開したことから始まったという。

「最初のメルマガは15誌で、すでに日本語で配信していた人に声をかけました。すると、今度は読者が自分も始めるなどの形で拡散。当時人気があったのは、ネット上の話題をまとめて教えてくれるメールニュースや、雑学や格言などを毎日届けてくれるお役立ち系の情報メールでした」(深水氏)

 当初のまぐまぐは深水氏の個人サイトだったそうだが、そのうちに個人の小遣いでは賄いきれない量のメールのトラフィックが来てしまい、広告モデルを入れて収益化に向かうことになる。まだブログすら存在しておらず、ウェブで自ら情報を発信するにはHTMLの知識が必要だった頃、メルマガはそうした技術を必要とせず、手軽に情報を発信する有効な手段だったのだ。

 有名人ばかりがクローズアップされる昨今だが、当時は素人ながらもメルマガ発で名前が広まった人もいた。いわば、当時におけるCGM(消費者生成メディア)のようなものだったと言えるかもしれない。例えば、現在は「おとりよせネット」などの運営で有名なアイランド社代表の粟飯原理咲氏は、まだサラリーマン時代に出していた『OL美食特捜隊』というメルマガが人気を博し、書籍の出版やテレビ番組への出演を果たしている。

 さて、現在につながるメルマガの歴史の転換点として重要なのは、有料メルマガの仕組みの登場である。深水氏によれば、既にメルマガへのアフィリエイト広告による収入で生活をする人はいたが、やはり本格的に“メールマガジン”というサービスがビジネスになったのは、ここからだったという。

「その頃から、勉強できるようになりたい、英語を話せるようになりたい、ビジネスで一儲けしたいと、人の欲望に訴えかけるコンテンツが人気になりました。まあ、これはメルマガに限らず、あらゆるコンテンツで同じですね。また、eコマースショップの顧客囲い込みツールとしてメルマガを活用する人も出てきました」(同)

 有料メルマガの仕組みがまぐまぐに実装されたのは01年のこと。深水氏自身がまぐまぐを退職したのは00年だが、その時点で「メルマガの使い方も一巡し、テキスト配信システムとしてはひととおりやることはやった」という感覚を持っていたという。実に13年以上前の話であるが、つまるところ、現在に至るメルマガビジネスはこの時点で完成されていたのである。

「(配信側が一方的に受け手へ情報を送り出す)プッシュ型コンテンツ配信の仕組みは、基本的なものです。ネットが始まって以来、連綿と使われ続けていますし、廃れることはないと思います。それを賢く使っている人は昔も今もおり、世の中が時々そのことに気づくという感じではないでしょうか。仕組みの上に乗る内容にははやり廃りがありますから、そこで注目を浴びたり浴びなかったり、という感じだと思います」(同)

 こうした話から見えてくるのは、メルマガとは少なくとも日本独自の文脈で登場したサービスであるということだ。無論、海外にもメルマガスタンドは存在するが、ブログなどのプラットフォームのように海外動向に大きく影響を受けた節はなく、ウェブ2・0やツイッターのような舶来のものに世間が沸こうが廃れようが、常に使われ続けてきたのである。今回のメルマガブームもまた、単に世間がその有効性に久々に注目しただけなのだ、とも言えるかもしれない。

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