――広告主の顔色をうかがいながら、ターゲットの読者層に合わせたアイテムをキャッチーなワードで取り上げる。そんなファッション誌の固定概念を覆す雑誌が世界には存在する。性器をあらわにしたモデル、ファッションとは関係のないテキスト、規格外のレイアウト……。日本では絶対にあり得ない、海外ファッション誌の最前線に迫る!
[左]「CANDY」(Candy/09年創刊/43ポンド)の最新号は、アソコを露出した男装のガガ様の表紙が話題に。[中央上]「BARON」(Baron/09年創刊/30ポンド)の最新号は写真のみ。ポルノにも見えるヌードが多く、危ないイメージばかり。1000部限定。[中央下]「TALC」(Talc/13年創刊/8ポンド)はデザインとポルノをテーマにした雑誌。女性の裸体をオブジェ化したイメージがおもしろい。2000部限定。[右]「GARAGE」創刊号の表紙はデミアン・ハーストが手がけた。写真はエディ・スリマンが撮影。
イギリスの「i-D」「THE FACE」、フランスの「PURPLE FASHION」「SELF SERVICE」といった80~90年代に登場したファッション/カルチャー誌は、歴史ある「VOGUE」などとは異なる誌面で脚光を浴びたが、今回は2000年代以降に誕生した型破りで、刺激的な海外ファッション誌を取り上げたい。そこで、まず挙げるべきなのが、05年に生まれた30代男性向けの「FANTASTIC MAN」だ。
「創刊者ヨップ・ヴァン・ベネコムはオランダ出身で、アート・ディレクター(現クリエイティブ・ディレクター)と発行人を兼任。毎号レイアウトは斬新で美しい」
こう話すのは、世界のクリエイティブ・ジャーナル誌「QUOTATION」(MATOI PUBLISHING)の編集長・蜂賀亨氏。無論、ファッション・シューティング(洋服を着たモデルの撮り下ろし)のページはあるが、読み物も多い。
「表紙はモデルではなく“Mr.○○”という文字が添えられた話題の人物で、中面にもその人のインタビュー記事があります。過去には、コレクションを引退したファッション・デザイナーのヘルムート・ラングがニワトリを抱える表紙も。最新号の表紙は映画監督のスパイク・ジョーンズです。そんな構成のファッション誌は『FANTASTIC MAN』以前にあり得なかったですが、ルイ・ヴィトンなど大手メゾンがガンガン広告を出し、世界中に流通している。ファッション界を変えた雑誌です」(蜂賀氏)
そんな雑誌の女性版が、10年創刊の「The Gentlewoman」だ。
「編集長はペニー・マーティンというロンドンに住む女性ですが、デザインや構成は『FANTASTIC MAN』を引き継ぎ、コレット(パリのセレクトショップ)のクリエイティブ・ディレクターであるサラを表紙にしたりしている」(同)
ファッション関係者にウケている“食”の雑誌
同誌でヨップはアート・ディレクターを務めるが、彼のキャリアは90年代から始まり、01年にはゲイ・カルチャー誌「BUTT」を創刊。ピンクの紙が使われた後者はガス・ヴァン・サントやウォルフガング・ティルマンスら"その筋"のクリエイターが登場・協力し、ファッション/デザイン/アート関係者から評価された。そして、先述したように「FANTASTIC MAN」はファッション誌のあり方を変えたが、05年にロンドンで生まれた女性ファッション誌「Lula」も革新的だった。
「それまで欧米ではガーリーなファッション誌はなく、創刊時は注目されましたね。以前からあったフランスのフェミニンな『Jalouse』は、コンサバ寄りなので世界観が少し違いました」(同)
また、ドイツ・ベルリンの「032c」はアートやファッション、政治までを扱う雑誌で、世界有数のクリエイターとカッティングエッジな誌面をつくってきた。
「アートの比重が大きいですが、独自の切り口でコム・デ・ギャルソンを特集したりファッション・クライアントもしっかり引き寄せている。先鋭性を保ちながらビジネスを成立させています」(同)
ただ、「032c」の創刊は00年。「FANTASTIC MAN」や「Lula」が生まれたのも、もう9年前だ。
「『FANTASTIC MAN』『Lula』に追従する雑誌は多く生まれましたが、ファッション写真をベースとした雑誌で革新的なものは、ここ数年で見かけていません。ZINEなどもブームになっていますが、最近はライフスタイルをテーマにした雑誌が急増。特に、11年にアメリカ・ポートランドで創刊されたナチュラル系ライフスタイル誌『KINFOLK』は、代官山の蔦屋書店のような日本の書店でも売れています。厳密にはファッション誌ではないかもしれませんが、ファッションの要素はあり、写真がキレイという理由で買っている読者も多いはず」(同)
なお、13年には同誌の日本版がネコ・パブリッシングより創刊。
「今、ロンドンでは『The Gourmand』も話題です。11年創刊の雑誌で、日本のグルメ誌では考えられない食の写真とデザイン。現地のファッション・デザイナーやグラフィック・デザイナーは、かつてはパブで音楽やファッションの話で盛り上がりましたが、最近は食べ物などの話をすることが多いとか。ライフスタイルを扱ったスタイリッシュな雑誌が受け入れられる状況があるのでしょう」(同)
先鋭ファッション誌のヤバいポルノグラフィ
近年は、刺激的なファッション誌は新たに登場していないのか? 今回、ロンドンでリサーチしてもらった現地在住の美術ライター・伊東豊子氏は、こう話す。
「『CANDY』が注目されています。最新号の表紙は2種類あり、レディー・ガガとマリリン・マンソンの写真。前者は局部を出していますが、男装しているのも特徴。トランスベスティズム(異性装)やトランスセクシュアル(性転換)といった性差を超えるコンセプトを歓迎する雑誌なのです」
同誌は09年にイギリスで創刊。79年生まれのスペイン人ルイス・ヴェネガスがクリエイティヴ・ディレクターを務める。
「最新号のファッション・シューティングでは、網タイツ姿の髪の長い男性モデルが登場し、なかには性器丸出しのカットも。また、“Gallery”というコーナーでは、写真家ナダールによるフェミニンな格好をした画家ロートレックのポートレイトなどを掲載。アート/写真の歴史から同誌のテーマに合う部分を切り取って構成しています。タブー視されがちなトランスベスタイトの世界を、ストレートの読者も楽しめるようアーティスティックな観点で編集していますね」(伊東氏)
なお、最新号は43ポンド(約7400円)で、1500部限定だが、12年創刊の「BARON」も雑誌らしからぬものだ。
「13年に出た第2号は布張りのハードバック。中面にテキストは一切なく、エロティカ(性愛作品)的な写真で全部構成されています。アディダスなどの広告仕事もしているロンドンのファッション写真家タイロン・レボンがひとりで撮ったもので、見てはいけないものを見たようなヌードのスナップショットが多く、レイプを想起させるカットも。そんなものがファッション系セレクトショップなどで雑誌として売られています」(同)
「TALC」にもヌード写真があるが、また趣が異なる。
「デザインとポルノをテーマにした雑誌で、女性モデルのヌードを、エットレ・ソットサスら有名デザイナーの家具やランプと対比/融合して誌面をデザイン。要は女性のセクシャリティをオブジェ化していて、卑猥には感じません。また、カルチュラル・スタディーズのようにポルノグラフィを分析した論文もありますが、アカデミックな印象は控えめで、ヴィジュアルとテキストの塩梅が絶妙」(同)
同誌は13年にロンドンで創刊したが、「GARAGE」はロシアで現代アートのギャラリーを運営するダリヤ・ジューコワが11年にイギリスで創刊した雑誌だ。
「話題になった創刊号は表紙が3種類あり、デミアン・ハーストが担当したバージョンは、ファッション・デザイナーのエディ・スリマン撮影による女性の下半身のモノクロ写真に、緑の蝶のステッカーが貼られており、それをはがすと局部に蝶のタトゥーが現れる。こうして売れっ子のアーティストや写真家をグルーピングし、中面でも担当させている『GARAGE』はアート色の強い雑誌ですが、ブランドの広告に似せた撮り下ろしページがあったり、アートとファッションをうまくミックスしています。巻頭にメゾンの広告が多く入っているので、このような雑誌をブランド側は歓迎しているのかもしれません」(同)
伊東氏が挙げた雑誌は「FANTASTIC MAN」「Lula」ほど世界的知名度はないが、今も海外ではラディカルなファッション誌が生まれているように思える。
「ロンドンでもメインストリームは『VOGUE』のようなファッション誌で、私が見つけた雑誌はオルタナティヴといえますが、オルタナティヴのほうで実践されたことを取り入れる雑誌が、やがてメインストリームに登場する。たとえば『Lula』みたいなガーリー系でも、女性モデルが胸を出すのは珍しくありません。すると、オルタナティヴ側はより極端にならざるを得ない。そんな状況が加速しているように感じます」(同)
それが歓迎すべきことかどうかは今はわからない。が、ファッションという言葉に拘泥しない海外ファッション誌はまた現れそうだ。
(文/砂波針人)