サイゾーpremium  > 連載  > 佐々木俊尚のITインサイドレポート  > 物理空間での買い物がネット空間と融合する近未来
連載
佐々木俊尚の「ITインサイド・レポート」 第66回

物理空間での買い物がネット空間と融合? 「iOS 7」に搭載された新機能の革新性

+お気に入りに追加

進化の歩みを止めないIT業界。日々新しい情報が世間を賑わしてはいても、そのニュースの裏にある真の状況まで見通すのは、なかなか難しいものである――。業界を知り尽くしたジャーナリストの目から、最先端IT事情を深読み・裏読み!

1312_iPhone.jpg
『iPhone買っちゃった!? けど、使いこなせてないあなたへ』(ソシム)

 スマートフォン発売を契機に、物理空間とネット空間の関係の結び方に、変化が生じてきている。その影響は、買い物という日常的な行為においても同様だ。

 そして、アップルのモバイルOS「iOS」の新バージョンに搭載された機能のひとつが、さらなる変化を呼び起こしそうだとされている。それはどういう機能なのか――?

 iPhoneやiPadの新しい「iOS 7」には、たいへん重要な機能が搭載されている。それはiBeacon(アイビーコン)だ。このiBeaconを使うことで、店舗などの物理空間がインターネットによって捕捉され、ネットの空間の中へと取り込まれていくことになる。

 実際に、どのように使うのだろうか?

 ビーコンという低消費電力ブルートゥース(BLE)の無線通信機能を内蔵した小さなデバイスを、店内のあちこちに設置しておく。iPhoneを持ったお客さんが店の中に入ると、ビーコンとiPhoneがBLEで通信し、お客さんの位置が特定できる。

 ここでクーポンを発行してiPhoneに送信したり、求める商品の棚の方向を指し示したりといったことが可能だ。今お客さんが立っている場所や、過去の購買履歴に基づいたレコメンデーションが行える。メッセージ送信も可能で、さらには商品代金の決済までできてしまう。

 BLEは低消費電力なので、音楽のデータを配信するといった大容量の通信はできない。そのかわり、ペアリングが不要なので自動的にさまざまなデバイスと通信できるようになり、店舗などに設置したビーコンとの間で小さなデータを送信するような用途には最適だ。ビーコンの電池の持続時間は長く、数年は持つ。

 このiBeaconが持っている意味は、以下の2点だ。まず第一に、「ジオフェンシング」が建物の中でも使えるようになったこと。第二に、おサイフケータイに取って代わる決済方法となる可能性があるということ。

 ジオフェンシングとは、地図上に仮想的な「フェンス」を配置しておき、物理空間でデバイスがそのフェンス内に入ったり出たりしたときに、それを検知し、情報を配信するというものである。このジオフェンシングは通常はGPSを使ってデバイスの位置を特定するが、GPSは建物や地下街では電波が届かず、使用できない。だから、お客さんがドアの外にいるときしか利用できなかった。

 iBeaconはGPSのかわりにBLEを使うことで、建物の中のジオフェンシングを実現しようというものだ。GPSの信号が地球全体に降り注いでいるのと違い、BLEの信号はどこにでもあるわけではない。BLEの電波は10メートル程度しか届かないので、店内にくまなくビーコンを設置し、空間全体をカバーする必要がある。これは結構大きなハードルとなるのだが、今回、アップルがiPhoneの新しいOSにiBeaconを標準搭載したことによって、一気に広まる可能性が出てきた。iPhoneで標準的に使えるのであれば、と店舗内にビーコンを設置するショップも増えてくることが期待できるからだ。

 この「屋内ジオフェンシング」は、O2O(Online to Offline)のようなリアルの店舗とインターネットを結びつけていく枠組みにおいて、決定的に重要な意味を持っている。これまでは「店に近づいたか、遠ざかったか」ぐらいの大雑把な顧客位置しかわからなかったのが、これからは「お店の中のどこにいるのか、何の棚を見ているのか」というところまでわかってしまうのだ。

おサイフケータイよりも便利? ただし条件が…

 そしてiBeaconの第二のポイントである、決済の新しい可能性。日本のおサイフケータイは、ソニーが開発した非接触通信のFeliCaという技術を使っている。これは総称してNFC(近距離無線通信)と呼ばれている。

 軽くタッチして通信し、決済なども行えるNFCとiBeaconの最大の違いは、通信距離だ。NFCはタッチできるような近接でのみ使用可能で、実際の使用範囲は4センチまで。これに対してBLEは10メートルぐらいまで使える。だからNFCではジオフェンシングのようなことはできない。つまりNFCは点と点での接触しかできないが、BLEはお店とお客さんが面的に接触できるということでもある。これを使うことで、決済の可能性が大きく広がってくる。

 NFCの場合は、NFCで通信すると決済が直接行える。しかしBLEを使ったiBeaconでは、通信しただけでは決済はもちろんできない。いろんなデバイス同士が勝手に自動通信を始めてしまうからだ。そこでiBeaconの場合には、iPhoneのアプリ側で決済を行う必要がある。

 これもすでに新たな試みが現れてきている。例えば、決済専業のペイパルが間もなく開始すると発表した「PayPal Beacon」がそうだ。

 このモバイル決済サービスでは、顧客はスマホに専用アプリをインストールしておく。店の側は、PayPal BeaconというBLEの通信機能を内蔵した専用ビーコンをお店の電源コンセントに挿しておく。PayPalと連携しているPOSレジであれば、自動的にレジとビーコンが接続されて、ビーコンを使った決済システムが作動するようになっている。

 お客さんがスマホを持って店に入ると、スマホとお店のビーコンがBLEし、スマホの画面に「PayPal Beaconの対応店舗に入りました」と通知される。お客さんはそこで、この店からのアクセスを承認しておく。さらに、決済の際に確認を常に行うか、それともハンズフリーで勝手に店が決済してもオーケーにするかを選択する。もし行きつけのお店でスタッフが信用できるのであれば、ここで「アクセスを承認」「ハンズフリー決済」を選択しておくと、次からお店に行ったときには、お客さんは何もする必要はない。

 店の側から見ると、いつも来てくれる常連のお客さんがやってきたら、POSそのお客さんの顔写真付きのデータが表示される。何か購入したら、レジで店のスタッフが決済ボタンをポチっとするだけで、決済が完了してしまう。「いつもお買い上げありがとうございます!」と挨拶して終わりになるのだ。

 今後のリアル店舗の決済の本命は、これまでNFCだと考えられてきた。日本ではすでにSuicaやEdyがかなり普及してきている。しかしアメリカではまだNFCが普及しておらず、そういう中でBLEのジオフェンシング技術を使った決済が盛り上がりそうな雰囲気になっている。

 ちなみにアメリカではグーグルがNFCを推進し、アップルがBLEに注力するというような対立軸も生まれている。この戦いがこの先どうなるかは、かなり気になるところだ。

 またNFCはテクノロジーによって安全性を保証しているのに対し、例えばPayPal Beaconの場合には、技術ではなく人間関係によって安全性を担保しているのも興味深い。このサービスは悪人が経営していそうな得体の知れない場末の飲み屋、しかも一見で入った店などでは多分使えない。なぜなら安全性を、お客さんと店員の信頼の上に置いているからだ。

 つまりこれは、リアルの人間関係に紐付いた「ソーシャル決済」という新しい概念であると捉えることもできる。ソーシャルメディアがネットオンリーの人間関係から、フェイスブックに見られるようにリアルの関係とネットの関係を補完するメディアに変わってきているのと同様に、決済のような物理的なシステムも、これからはリアルとネットで補完し合う仕組みが主流になってくるのかもしれない。「セキュアな通信」というIT用語があるが、考えてみれば「顔なじみの店員さんと笑顔で挨拶し合う」のが、最もセキュアな通信のひとつと言えるだろう。

1311_ITinside.jpg

佐々木俊尚(ささき・としなお)
1961年生まれ。毎日新聞、アスキーを経て、フリージャーナリストに。ネット技術やベンチャービジネスに精通。主著に『キュレーションの時代』(ちくま新書)、『「当事者」の時代』(光文社新書)ほか。6月5日に『レイヤー化する世界』(NHK出版)を上梓。


自動走行車実用化元年

2015年
■2013.10.11 夢と不安を共に乗せ自動走行車が走る
話題の自動走行車が現実になる元年と目される年。トヨタは高速道路での実用化を2015年と発表。日産は2020年に発売、グーグルは今後4年以内に発売とコメント。2015年からの5年間に、一気に自動車の革命が来そう。

【佐々木が注目する今月のニュースワード】

■リベンジポルノ
嫌がらせを意図し、別れた交際相手などのヌード写真をネットに流出させる行為。カリフォルニア州ではこのリベンジ(復讐)ポルノ行為が禁止され、罰金や禁錮刑が科されることに。

■リトリーバー(Retrievor)
硬貨サイズの超小型デバイスにGPSを内蔵させ、カバンやペットの首輪、自転車、子どもの靴などに装着。世界のどこに行ってしまっても居場所を特定できるという製品。キックスターターで資金を募集している。

■アライブ(alive)
予約が規定数に達した場合のみ海外からミュージシャンが招へいされるという、新しいタイプの音楽ライブ専門クラウドファンディング。洋楽不人気の中で、アーティストを呼びやすくなるかもしれない。

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論
    • 音楽業界からの【賛辞と批判】
    • 【芸能プロ】的戦略が抱える2つの“矛盾”
    • 令和の【ジャニーズ・シングル】20選
    • 20年代のジャニーズ【ミュージックビデオ】

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

インタビュー

連載

サイゾーパブリシティ