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批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]×横井周子[ライター]

 栄えある2013年マンガ大賞を受賞したのは、『バナナフィッシュ』をはじめ数々の代表作を抱える、活動歴40年近い大ベテラン少女マンガ家の最新作だった。鎌倉を舞台にした4姉妹の物語は、いったいどれだけ見るべきところを秘めているのか!? 少女マンガ読者からだけではない支持を受ける理由が、ここにある。

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名作『バナナフィッシュ』1巻と最終巻の表紙比較。確かに全然顔から何から違います。

横井 『海街diary』作者の 吉田秋生【1】さんは、少女マンガというジャンルを広げ続けてきた人ですよね。吉田さんの作品を読むと、少女マンガといわれるものの懐の深さを感じます。本作もすごくチャレンジングな作品で、第一話の「蝉時雨のやむ頃」から、さらっと読むと単純に感動するいい話なんだけど、本当は人が死んだ時の遺産相続の話をしている。要は、お金の話をしているわけですよね。人の生き死にだけでなく、お金のことをこういう形で描いた人はあまりいない気がして、盲点だったかも、と思わされました。

宇野 僕は実は吉田秋生はすごく好きな作家なんですよ。高校の終わり頃から少女マンガを読むようになって、その時に『夢みる頃をすぎても』【2】『河よりも長くゆるやかに』【3】を手に取った。その後に『吉祥天女』【4】を読んで衝撃を受けて、『バナナフィッシュ』【5】も読んですっかりハマったんですよね。『河よりも~』の中で、季邦と深雪が河を眺めながら、「この河は、上流は流れが早くて水も綺麗だけど、海に近づくにつれて汚れていく。でも川幅も広まって、流れは緩やかになっていく。どっちがいい?」という話をする。そのとき季邦は「うん、そうだな──」とはっきりは答えないけれど、後者であることはタイトルからしても明らかなわけ。あれはまさに成熟と喪失の話で、汚れを受け入れてアイロニーを内面化することで成熟するという世界観を描いていた。

 それが『バナナフィッシュ』【6】になると、アッシュ・リンクスは生き急いでいて、いわば“上流の清流の急流”なんだよね。複雑でアイロニカルな成熟と喪失のドラマを抱えた近代的な人間の世界から、内面をトラウマ語りで済ませてしまう金髪イケメンというキャラクターの物語にチェンジしてる。

 これは批判的に聞こえるかもしれないけど、全然そうじゃない。このマンガの連載が始まった頃、作者の絵は大友克洋そっくりだった。けれど膨大な連載期間を経て作者はその絵柄を捨てて、シャープで小奇麗な90年代の吉田秋生の絵に変化していった。この絵柄の変化はそのまま人間観の変化でもあると思う。最初は「父殺し」による成熟と喪失の物語を生きていたアッシュが、「エイジがいれば(BL的な関係性があれば)俺は何もいらない」と変化していく。

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95年の鎌倉を舞台にした作品『ラヴァーズ・キス』。『海街』と世界観を共有している同作、03年に実写映画化もされた。宮﨑あおいが準主演。

 それで『海街』はというと、鎌倉が舞台だし、『ラヴァーズ・キス』を意識したような作品になるのかと思ったら全然違って、一言でいうとテーマは「死ぬこと」。中学生なのにがんになったり、登場人物の平均年齢も一気に上がっている。少女マンガは伝統的に、絵柄の都合上、老いを描くのが苦手だといわれるけれど、そこに大胆に挑戦していることからもこれは明らか。さっきの比喩を延長すれば、これは「流れの速い上流の急流」でもなければ「河口の淀んだ、しかし長くゆるやかな流れ」でもなくて、まさに「海」なんだよね。河口から海に出る=成熟と喪失のドラマが一通り済んだ後の、これから得るものより今まで積み上げてきたもののほうが多い人たちの物語なんだと思う。はっきり言うと、熟年の視点から世界を捉え直していて、例えばすずちゃんと風太の中学生カップル【7】の描き方なんかも、すごく微笑ましいものとして描いてある。あれは完全に親以上の世代からの目線でしょう。

横井 そう、大人の目から若い人たちを見てるんですよね。それは絵柄にも表れています。吉田さんは、語ることに合わせて絵柄を変えていっていて、『海街』に対して「絵が変わってしまった」と言う人もいると思うんですが、私はこれはかなり戦略的に選ばれたものなんじゃないかと思う。特にわかりやすいのが、『ラヴァーズ・キス』に出てきた藤井朋章くんという高校生が『海街』にも登場するんだけど、絵が全然違うんですね。これは20年経って作者の手が変わったということ以上に、語られていることが違うからだと感じました。『ラヴァーズ・キス』は、キンキンに尖った高校生の自意識の世界だから、藤井くんはカリスマ性を持ったスタイリッシュな男の子として描かれていたけど、『海街』では体つきも普通だし、かっこいいけど普通の弱さを隠した男の子に見える。『海街』にあるのは、思春期を過ぎて年を重ねた人の目線だから、どっちが嘘ということではなくて、彼の見え方が違うのは当然なわけで。

宇野 さっきの比喩でいえば、「海」って流れがないわけじゃない? いわば時間の流れが半分止まった、寄せて返すだけの世界で、基本的にそこにいるのは死ぬのを待っているだけの人たち。もちろんすずちゃんなんかはこれから成長していくわけだけど、彼女たちを描く視点はそこに置かれている。だから長女の幸が働くのは病院の中でもホスピスになる。この作品自体がホスピスみたいなものだからね。人生を逆側から見て、タイムリミットが迫ってくるという捉え方から描いてるってことなんだよね。

 これはすごく難しい勝負で、放っておくとどうしてもただの「いい話」を集めただけに見えてしまう。実際そういう物足りなさも感じるんだけど、細かく読んでいくとそんな「海」の中に、お金が人生を左右してしまうとか、どうしても許せないような嫌な奴がいるとか、そんな割り切れないものをどう飲み込んでいくのか、受け止めていくのかという問題を丁寧に描いているのがわかると思う。

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