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批評家・宇野常寛が主宰するインディーズ・カルチャー誌「PLANETS」とサイゾーによる、カルチャー批評対談──。

宇野常寛[批評家]×福嶋亮大[文芸評論家]

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『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文藝春秋)

 4月12日、今や日本を代表する大作家である村上春樹の新刊が発売された。わずか1週間で100万部を突破し、それ以後のメディアや一部読者の狂騒ぶりは今月号の第2特集でもお伝えしてきた通りだ。だがしかし、皆がこぞって褒めそやす同作が、実は相当“ヤバい”ことを、ここでは明らかにしたい――。

福嶋 村上春樹の新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』ですが──率直にいえば「論外」です。村上の悪いところばかりを拡大した小説になっている。

宇野 発売前に特設サイト【1】のコメントで、本人が「短い小説を書こうと思って書き出したのだけど、書いているうちに自然に長いものになっていきました」と予防線を張っていたけれど、実際、短編のつもりで書き始めたらダラダラと長くなって一冊にまとめることになったという印象を受けます。

福嶋 この作品も『1Q84』【2】も長すぎますね。60歳を超えた作家が、作品の分量もコントロールできないとなるとさすがに困る。

 そもそも、村上春樹というのは、曲がりなりにも悪を描こうとしてきた作家だと思うんですよ。世界は今やすべて高度資本主義に覆われ、そのシステムの外部は存在しない。外部的な「悪」を名指そうとすると、往々にして西部劇やマンガのようなものにならざるを得ない。それでも、戦後日本社会の中産階級の抱え込んだ恐怖や悪をなんとかしてイメージ化しようというのが、彼の文学の根本的なモチーフだったわけでしょう。例えば『羊をめぐる冒険』【3】であれば羊男とか、阪神淡路大震災の後に書かれた『神の子どもたちはみな踊る』【4】であれば“ミミズくん”とか、戯画化されたキャラクターを出してきて、マンガと紙一重のところでどうにかして悪を描いてきた。マジョリティの心理に立脚しつつ、それを脅かす不安や恐怖をつかもうとしたわけですね。

 ところが今回は、悪を描こうとする試みを完全に放棄してしまっている。「シロ」という女の子が人格崩壊していく話が作品の中心になっているわけだけれど、彼女がなぜダメになったのかがよくわからない。ほとんど「諸行無常」という感じ(笑)。この悪の不在が、今作の茫漠とした読後感に繋がっているのではないかと思います。

宇野 まったく同感です。これは『1Q84』を読んだときにも思ったことで、あの作品にはこれまで村上春樹が描いてきた羊男やミミズ的な存在、つまり名指しできない抽象的な悪の象徴として「リトルピープル」が登場します。『BOOK 1』と『2』を読んで、「全共闘からオウムまで続く、村上春樹にとっての現代的な悪=リトルピープルとついに正面対決をするんだ」と期待をしていたのに、『BOOK 3』になった途端リトルピープルはほとんど登場しなくなり、いくつかの筋の中のひとつだけをピックアップして天吾と青豆の再会の話だけまとめて終わってしまった。要するに、自分の分身である中年男性主人公の自意識の問題しか残らなかった。そして今回はその『1Q84』からさらに後退して、最初から自分の話だけ延々と書いているわけでしょう。

福嶋 しかも、唯一この作品で悪らしきものとして描かれるのが同性愛で、これもまた非常にまずい。今回、村上春樹は多分初めて、男性間のホモセクシャルな行為を描いたわけですね。で、どうなるかと思って読んでいたら、主人公とホモセクシャルな関係を持ったかもしれない灰田【5】という男は、途中で理由なく退場しちゃう。主人公はそのことを「自分の罪や汚れを部分的に引き受けて、その結果どこか遠くに去って行ったのではないか」と考えて、挙句の果てに「自分が同性愛者ではないことを、また自分が夢の中だけではなく、生身の女性の体内にも射精できることを自らに証明するため」に、お口直しみたいな感じで女性とセックスする。要するに、同性愛に憧れる一方で、最終的にそれを「罪や汚れ」として排除し、ヘテロセクシャルな世界に戻っていくわけですね。でも、ゲイ・スタディーズの側からすれば、これはヘテロ男性のありふれた心理メカニズムにすぎない。村上はマジョリティの保守的な心理を単に無批判に描いているだけだと、ばっさり切り捨てられて終わりでしょう。

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