サイゾーpremium  > 特集2  > 【精神科医】が読む 「サヨク的感性」と「自然志向」村上作品の空虚さ
第2特集
村上春樹"100万部超"の作り方【9】

【岩波 明】一貫して変わらない「サヨク的感性」と「自然志向」の裏にある春樹の空虚さ

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識者が語る「多崎つくる」【4】

岩波 明(いわなみ・あきら)
1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒。精神科医。都立松沢病院をはじめ、多くの精神科医療機関で診療に当たり、現在、昭和大学医学部精神医学教室教授。著書に『精神障害者をどう裁くか』(光文社)、『精神科医が読み解く名作の中の病』(新潮社)などがあり、精神科医療における現場の実態や問題点を発信し続けている。

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──最新著作『精神科医が読み解く名作の中の病』(新潮社)において、数々の名作小説の登場人物を、臨床に携わる精神科医の立場から分析してみせた岩波明氏。国内外の多くの文学作品にも親しんできた氏は、話題沸騰の春樹の新作をどう読むのか?

『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は緻密に構成された小説であり、多くの村上ファンを魅了する作品であろう。しかしこの小説は、過去に村上氏が執筆してきた小説の何度目かのリフレインにすぎない。なぜなら、村上氏が描いているのは彼好みの「村上ワールド」であり、本書においてもその独自の世界をつくり上げることが目的化しているからだ。そして、その「世界」の奥に、爆発的なセールスとちまたの人気を超える何か奥深いもの、深遠なメッセージなどは存在しないのだ。

 村上氏の小説におけるテーマ、技法は、第1作『風の歌を聴け』において、すでにすべて出尽くしている。それ以降の作品は、映画化された『ノルウェイの森』も『中国行きのスロウ・ボート』も、そして今回の「多崎つくる」の物語も、程度の差こそあれその反芻である。もっともこの反芻が、村上ファンには心地よいのかもしれない。

 村上氏が扱う好みの「材料」はいつも決まっている。要素としては、成就しない恋愛と登場人物の死が語られ、その背景に存在する「サヨク的感性」と「自然志向」が示唆される。けれどもそういった「ストーリー」は彼の小説にとって主要なものではなく、重要なのは村上ワールドという「器」だ。そしてその器は、徹底的なアメリカ小説の取り込みと模倣によって作られた。『風の歌を聴け』では、チャンドラーやカート・ヴォネガットの作中における登場人物のスマートでクールで時に自虐的なセリフがちりばめられ、ヴァン・ダインのミステリのように衒学的で無意味なディレッタントがあふれていた。この独自のスタイル、そしてテクニックは、模倣者、追随者を許さない。ちなみにこうした手法は美術や芝居で用いられる「コラージュ」に類似しているが、さかのぼれば、カフカやミシェル・ビュトールなど海外小説の手法を取り入れた倉橋由美子氏の作品に似ている面がある。

 村上氏は、チャンドラーのマーロウやテリー・レノックスの、ヴォネガットのビリー・ピルグリムの、さらにはサリンジャーやブローティガンの登場人物たちのマニアであり、そういった人物のレプリカが活躍する架空の空間が、村上ワールドそのものである。つまり彼の小説は、この不確かで非現実な「世界」を文字の上で形づくる作業なのだ。その手法は例のない斬新なものだが、展開されるのは虚構の物語にすぎず、登場人物たちは、役を割り振られた血も肉もないCGのような幻影である。

 今作でもその点に変わりはない。主人公たちの「乱れなく調和する共同体」という設定は、アメリカ映画『セント・エルモス・ファイアー』そのままで(この設定は、テレビドラマなどでも多用されてきた)、また「ラグビーの試合はどんなに雨が降っても中止にならない。だから毎年多くの選手が競技中に溺れて死ぬ」というアフォリズムは今作の登場人物のひとり「アカ」のセリフだが、これはサリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』で突然自殺を遂げたシーモア・グラースの言い回しそのものである。

 先に述べたように、そうした村上作品の底流にあるものは、過ぎ去った60~70年代サヨクに対する郷愁である。初期作品の「僕」と「鼠」の物語には「学生運動」の挫折が主要な背景として存在していたが、今作においても灰田の父の物語として語られる。そして現実に傷つき幸福になれない主人公たちは、深い自然に救いを求め、そして物語は閉じられる。

 ちなみに、アスペルガー症候群を思わせる主人公・多崎つくるは、作者である村上氏自身の姿かもしれないし、出版界に対する村上氏独特のアイロニーなのかもしれない。「色彩を持たない」「空っぽの個性のない」という主人公の造形は、空っぽで中身のない(と作者が考えている)小説を書き続ける、あるいは書き続けなくてはならない自身に対する、徹底してシニカルな評価なのではないだろうか。

(寄稿)

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