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各界一の型破りな元お相撲さん 高橋光弥(元栃桜)のどっこい人生 第79回

恋はすばらしき、されど魔物なり

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 今回も、前回に引き続いて若い力士と女性関係について少々深い話をしてみたい。

 言わずもがな、若い力士が恋などにうつつを抜かしてなどいては、大事な修業に身が入らなくなり、関取への道は遠くなるばかりか、道半ばで挫折し、やめていく者も少なくない。

 もちろん、力士とて人である。女性を好きになっても、なんの不思議ない。むしろごく自然の成り行きというものかもしれない……が。それがいけない。ちょっとの気の緩みが、力士としての命取りにつながるのだ。

 己の欲求を打ち負かす強い精神力を持つことは、強い力士になるための必須条件でもあるのだ。そりゃあ、男である限り、かわいい女性と一緒にいたいと思うのも当然のことだ。特に力士などというものは、相撲部屋で体の大きな男ばかりの殺伐とした厳しい団体生活を送り、色気の「い」の字もあったもんじゃない。一種独特の世界である。

 俺が現役だった40年以上も前の相撲部屋は、現在より部屋の数も半数程度と少なく、1部屋当たりの力士の人数も多かった。だから幕下以下の力士は、大部屋に数十人が雑魚寝状態である。まるで魚市場のマグロだぜ。

 そんな味気ない男ばかりの生活だから、好きな女性と2人っきりになれるチャンスがあるのなら、誰だってそっちのほうがいいに決まってる。その場所が、ホテルだろうが、寺の軒下だろうが、どこでもよい。ましてや彼女の部屋ときたら、なおさらよい。

 一方、女性たちにしても、力士に一般の男性にはない独特の雰囲気を感じてしまう人が多いようだ。独特のびんづけ油の匂い。たくましい体。若くして相撲界に入門し、一般社会に染まっていない分、純粋だったり、世間知らずで風変わりな者も多い。そんなところに母性愛をくすぐられてしまうのかもしれないな。
 
 しかも、厳しい稽古で体力を消耗する分、早く子孫を残さねばという本能が目覚めるためだろうか、俺がいうのもおかしな話だが、力士は精力絶倫なのである。
 
 そう、力士というのは、あんないかつい図体をしていながら、結構モテるんだぜ。

 ゆえに、女性からも熱烈なアプローチを受けるのだ。

 一緒に楽しい時を過ごし、部屋の門限があるので帰ろうとすると、女性たちは打ち合わせでもしたように口をそろえてこう言う。

「あと5分いてよ」

「あと10分だけいてよ」

 この甘い言葉が、命取りにつながるのだ。こうした場面をどう乗り切るか、力士の精神力が試される修業の場だ。

 もちろん、「あばよ」と女の情けを振り切れるようじゃないと力士失格だ。

「あと10分だけだよ」なんて応じてしまえば、それを何度も繰り返すのが女性のお約束というものだ。しかも、そうした戯れ言を交わした挙げ句、うっかりそこで寝入ったりしようものなら、大変な事態を招くことがあるのだ。

 読者諸君は「阿部定」という女性をご存じだろうか?

 昭和初期の実在した女性の名だが、彼女が有名になったのは、ある男性を愛するがあまり、情事が終わった後、男が寝入っている間に殺害した挙げ句、その局部を切り取るという実にショッキングな事件を起こしたからだ。

 この事件は猟奇殺人として日本中の知るところとなったのだが、こんな蛮行をやってのけてでも愛する男性を自分だけのものにしたいという欲求は、阿部定に限らず、多くの女性が心の奥底に持ち合わせているんじゃないかと思ってしまう。

 というのも、相撲界でもこんなことがよく起こるからだ。

 ある力士が、つい女の情にほだされて、情事が終わった後、女の部屋で寝入ってしまった。目が覚めてみると、なんだか頭が軽い。頭に手をやってびっくり。そう、あるはずのまげがなくなっていたのだ。

 この女性、力士を愛するあまり、部屋には帰したくない、もっと一緒にいたいと思い詰め、力士の就寝中に、まげを切ってしまったのである。

 力士のシンボルであるまげを切られたということは取りも直さず、局部をちょん切られたのと同様、いや、まだ局部のほうが見えない分だけマシかもしれない。

 力士にとって命と同じくらい大事なまげを女に切られたとあっては、弁解のしようもなく、みっともなくて、どこへも行けない。もうおしまいだ。

 実際、このような目に遭った力士はちょくちょくいたのだ。本人はもちろんのこと、部屋にとっても、不名誉この上ないから発表こそしないが、現在でもいると思うよ……。

 別段、規則があるわけではないが、力士の場合、病気以外でまげを切られたら即廃業だ。

 実際に、俺が世話になっていた春日野部屋にも、まげを切られてそのまま部屋に戻ってこられなくなった奴がいた。もちろん、そのまま引退だ。表面上の理由は、まったく別の理由にすり替わってはいたが。

 また、ある幕内力士も、将来をかなり有望視されていたが、20歳以上も年上の女性と恋に落ちた挙げ句、やはり、まげを切られてしまい、引退を余儀なくされた。その後、彼女と結婚し、一緒になったという話までは聞いたが、そうした人生が幸せなのかどうかは、第三者にはわからない。

 純愛の極みと考えれば、決して悪いことではないのだが、ただ、相撲道を極める上では、あってはならぬことでもある。まぁ、でも、そこまで女に愛されるなんて、ちょっとうらやましくもあるぜ。

宮様との約束をすっぽかして、犬の散歩


 まげを切られて引退、という例は極端にせよ、力士に彼女ができて、部屋の立場が悪くなるなんてことも日常茶飯事だ。

 俺が力士だった頃の各部屋の稽古場は、常に開放してあり、誰でも自由に見学ができた。

 そのため、力士の彼女がやってきて、愛する彼氏に熱い視線を送るなんてこともたびたびあった。

 これをやられると、当の力士は、たまったものではない。

「おい、彼女はおまえが早く一人前の関取になってくれることを願ってわざわざ来てくれてるんだから、一丁やってやろうか」

 なんて兄弟子から言われ、バチンバチンにしごかれたりするわけだ。実にいい迷惑だぜ。

 また、部屋の手紙置き場に、各力士あてのラブレターが届いたとしよう。

 間違いなく、そのラブレターは受け取るべき力士に届く前に、兄弟子たちに封を開けられ、大事な中身を読まれることになる。そして壁に張り出されるのだ。こちらもやはり、

「おい、おまえ、手紙の中に『早く強くなってね』って書いてあるじゃないか。彼女の願いを叶えるためにも、明日の稽古が楽しみだな」

なんて言われ、びっちりしごかれるわけだ。

 だから、少々小利口な者は、部屋の近所の家と仲良くなって、ラブレターなどはその家に届くように送ってもらっていたものだ。まぁ、俺の場合は、どちらの立場も経験したが、自分あての手紙が張り出された場合は、

「どうだい、すごいだろう、おまえらには来ないのかい」

と開き直っていたけどね。そのくらいの余裕は必要な世界だぜ。

 なんだかこんな話を聞くと、小学校のいじめのように思うかもしれないが、それはまったく違う。

 なぜなら、力士は皆それぞれ、相撲で少しでも強くなるという夢を実現させるために、一般社会とは一線を画した相撲部屋の中で集団生活を送っているのだ。

 あえてその道を選んでいるのだから、それを阻害する行為に対しては、仲間としてとことん厳しく対応しなければいけない。多少のねたみ、ひがみの気持ちもあるが、その根底にあるのは、「おまえは強くなりたかったはずだろう」という教育的な視点だ。

 "稽古が終わると、すぐに彼女に会いに出かけるような力士は強くなれない"といわれるが、それはなにも精神面のことだけを指しているわけじゃない。

 たとえば、稽古後に力士は昼寝をとるが、あれは単に疲れたから寝ているのではなく、稽古によって体内にたまった熱を冷ましているのだ。

 そうしてきちんと休息をして体内の熱を取らないと、疲労だけが蓄積し、次の稽古時にまともに体が動かず、気力もうせてしまう。つまり、正常な体の再生作業を妨げることとなるのだ。

 だから、昼寝もせず、彼女のところに内緒で遊びに行くような奴は、翌朝の稽古で動きが鈍く、すぐにバレてしまう。反対に、強い力士、強くなる力士は、昼寝の時間は面会謝絶にし、誰が訪ねてきても途中で起こすことは絶対に許さぬという姿勢を貫いていた。強くなるために必要なことを十分に理解しているのだ。

 もっとも、何も知らない他人は「まったく、面会謝絶なんて、付き合いの悪い奴だぜ」などと、勝手なことを言うものだが、強くなる力士は、その分、遊ぶ時は思いっきり遊ぶ。精力絶倫なわけだから、その処理も必要なわけだ。もちろん、それはそれなりのところに行って、ちゃっちゃっと処理してくるわけだが……。

 そのほか、お酒やギャンブルなどでたまったストレスを解消したりと、決まった時間の中でオンとオフのスイッチをしっかりと切り替えられる。これは、どの世界でも成功している人に共通していえることではないだろうか。

 人それぞれ職業には、「これを失っては、仕事にならぬ」という大事なものがあるはずだ。プロたる者、息抜きは必要だが、勝負をする上で大事なものを失う危険のあることに対して、安らぎを求めてはならない。

 つまり、力士にとって恋愛とは、強さを極めるには最大の敵なのである。

 かくいう俺は、それができなかったひとりでもあるのだが……。

高橋光弥(たかはし・みつや)
元関取・栃桜。現役時代は、行司の軍配に抗議したり、弓取り式で弓を折ったり、キャバレーの社長を務めるなどの破天荒な言動により角界で名を馳せる。漫画「のたり松太郎」のモデルとの説もある。


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