――1950年代末に始まった映画界の新しい波「ヌーベルヴァーグ」はゴダールやトリュフォーらを輩出したが、現代の映画界では「ホラー・ヌーベルヴァーグ」と呼びたい新しい潮流が世界的に起きている。
ジョーダン・ピールやアリ・アスターといった人気監督たちが登場し、ホラー映画の評価は大きく変わり、それに続く新世代も控えている。新感覚ホラー映画が人気を呼んでいるのはなぜだろうか。
『ブリング・ハー・バック』
里親を演じたサリー・ホーキンスの怪演ぶりが脳裏に焼きつく、A24製作の究極の「ヒトコワ系」ホラー。
監督/ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ 出演/サリー・ホーキンス、ビリー・バラット、ソラ・ウォン、ジョナ・レン・フィリップス 配給/ハピネットファントム・スタジオ R15+ 7月10日(金)より全国公開 © 2025 RACKAWAY PTY LTD All Rights Reserved
新しい恐怖のかたちが世界を震撼している。近年は新感覚のホラー映画が話題を呼び、映画界をにぎわせている。ヴァンパイアものとアメリカンルーツミュージックを「ジャンルミックス」させた『罪人たち』(25年)は米国で大ヒットし、今年のアカデミー賞では脚本賞など4冠に輝いた。「考察系」ホラーとして日本でもヒットした『WEAPONS ウェポンズ』(25年)の老女役エイミー・マディガンはアカデミー賞助演女優賞に選ばれた。かつてホラー映画は、ティーン向け、マニア向けのサブジャンルとして扱われてきたが、ルッキズム問題をブラックコメディ化したデミ・ムーア主演作『サブスタンス』(24年)はカンヌ国際映画祭で脚本賞に選ばれるなど、その立ち位置は大きく変わった。ホラー映画は、今やメインストリームになりつつある。
こうした新感覚ホラーの火付け役となったのが、ジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』(17年)だ。米国社会に根強く残る人種差別を奇抜なアイデアでエンタメ化して描き、アカデミー賞脚本賞を受賞した。以降、社会不安や倫理観の崩壊を扱ったホラー作品が増えている。ロバート・エガース監督の『ウィッチ』(15年)のように民間伝承を現代的に再解釈した作品や、幽霊や怪物よりも人間そのものを恐怖の対象として描く「ヒトコワ系」が多いのも特徴だろう。
新しいホラー映画の流れの中で、大きな存在感を放っているのがアリ・アスター監督だ。デビュー作『ヘレディタリー/継承』(18年)では、家族というひとつのコミュニティが壊れていく様子を鮮烈に描いてみせた。続く『ミッドサマー』(19年)はホラー映画になじみのなかった女性層も巻き込み、社会現象級のヒットとなった。純粋なホラー監督ではないが、ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモス監督は古典的怪奇小説『フランケンシュタイン』をジェンダー視点で再構成した『哀れなるものたち』(23年)で人気を博している。
ジャンプスケア(恐怖演出)に頼ることなく、社会問題や現代人の心理を題材に、観客の考察欲を刺激する新感覚ホラー映画は、欧米では「エレベイテッド・ホラー」とも呼ばれている。川村元気監督の『8番出口』(25年)や香川照之主演の『災 劇場版』(26年)なども、この流れをくんだものだろう。