【田澤健一郎/体育会系LGBTQ】サッカー強豪校でカミングアウトを封じた少年

(写真/佐藤将希)

「子どもの頃、練習後によく親とスーパー銭湯に行ったんですけど、男の体を見るとドキドキするというか、普通の男の子が女性の体を見るような目になっている感覚はありました。だけど、それがどういうことなのかはわかっていない感じで」

 どこか友人と異なる感覚を持ってはいたが、そこはまだ子ども。小中学校は周囲と同じように好きな女の子もでき、男を好きになったこともない。ただ、“異なる感覚”が消えることもなかった。

「中学生になり、エロ本とかAVとか見るようになっても、目が行くのは男優さんの体。女優さんの体を見ても興奮しないんです。だからといって女性が嫌いになるわけではなく、彼女もつくっていました。その頃の彼女を好きだった気持ちがウソではなかったと思うし、ファーストキスだってドキドキしていましたよ」

“異なる感覚”が中澤を悩ませるようになるのは、サッカーに打ち込むべく進学した高校時代である。

「高校生になると、童貞を卒業する同級生が増えるじゃないですか。女性とセックスをする自分をリアルに想像するようになってきたら、『オレ、できないかも』と思ってしまったんです。そしたら徐々に、その気持ちが膨らんできて……」

 サッカー部といえば、運動部の中でも花形の部類に入る。ましてや、全国も狙える強豪校。部員たちは学校では大いにモテた。

「さっさと初体験を済ませて、しっかり遊んでいるチャラいタイプの同級生もいました。部室でも、みんな当たり前のようにセックスの話をしていましたね」

 その風景は強豪校だから特別というわけではないだろう。性への関心が高まる10代の少年が集う華やかな運動部ならば、ごく普通の高校でもあり得る光景だ。だが、誠にとってはそれが悩みの種だった。

「部室でそういう話が出るたび、『自分には無理かも』という気持ちになる。そこからは部室でも寮でも自分がノンケのふりをして会話を合わせるようになりました」

 高校生になり、ネットの普及もあってセクシュアリティに関する知識が増え、自分がゲイと呼ばれる種類の人間であることを自覚し始めていた。しかし、カミングアウトという選択肢は迷わず消し去る。

「自分自身がまだ完全に受け入れられないのも理由でしたが、サッカーが団体競技だったことも影響していたと思います。当時の……いや、今の状況でも団体競技をやる上ではカミングアウトのメリットってないんです。仮にゲイであることを明らかにしても、部員全員が受け入れてくれる可能性は低いはず。団体競技はチームワークが大事。そう考えると、ひとりでもゲイを毛嫌いするような選手がいたら、競技に支障が出て、自分の居場所がなくなるかもしれない。プロを目指してサッカーをしている以上、居場所がなくなるのは困る。はっきり言えば、カミングアウトは競技の妨げになるんです」

 自分の性に素直になれば夢が潰れる――。誠は当然のように話すが、つらい現実だ。そんな事情も知らず、チームメイトはセックスの経験を武勇伝のように披露する。誠が話を合わせて「いいな」「すごいな」と相づちを打てば、罪の意識なく「お前も早くやれよ」とけしかけられる。

「でも、それが苦痛というわけではなかったんですよ。体が大きくてナメられるタイプではなかったから、イジメみたいにはならなかったし。チャラいタイプに比べれば真剣にプロを目指して練習に取り組んでいたから、『あいつは真面目で奥手』と思われていた程度じゃないですかね」

 スポーツ強豪校のイケイケな男子がつくり出すマッチョな雰囲気の強要は、プロを目指して練習に励んできた誠の歩みがはねのけた。

「後から知ったことですが、同じゲイでも、ちょっと女性っぽいナヨナヨしたタイプは『男らしくない』といった理由でイジメられ、悩むことも多いそうです。だけど、僕はずっと体育会育ちで、見た目や振る舞いも男っぽかったからイジメられもしないし、それで苦悩することもなかった」

 ひとつ、“ラッキー”な事情もあった。

「タイプの男が周囲にいなかったんです。ゴツい男が好きで、サッカー選手っぽい体型やチャラいタイプは好みじゃない。生徒も女子のほうが多い高校だったし、ラグビー部や柔道部もなかった。もし恋をしてしまうような男子がいたら、ゲイである自分を抑えられなくなって、何かヤバい事態が起きていたかもしれない(笑)」

 トップアスリート、あるいはそれを目指す選手には、節制やトレーニングに毎日コツコツと取り組める自己管理能力が求められる。サッカーのためにゲイである自分を押し殺していた誠のエピソードは、「競技にマイナスになることはやらない」といった一種の“節制”の話を聞いているようだった。

 しかし、その“節制”も、高校を卒業すると徐々に利かなくなっていく。

ゲイとして生きる覚悟とプロになる夢の終わり

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