サイゾーpremium  > 連載  > 小原真史の「写真時評 ~モンタージュ 過去×現在~」  > 小原真史の「写真時評」/渚にて(上)
連載
写真時評~モンタージュ 現在×過去~

渚にて(上)

+お気に入りに追加
2106_P100-103_01_520.jpg
伊豆、石廊崎、2010年

 笹岡啓子の連作「Shoreline」は、長い時間をかけて刻々と変化してきた日本列島の津々浦々の海岸線を被写体にしたものだ。笹岡の関心は、海と陸地とが複雑に入り組んだ岩礁や両者が曖昧に溶け合った磯、遠浅の浜辺、消波ブロックが積まれた波打ち際、海に突き出した埠頭、山からの水が海に注ぐ河口部などに向けられている。いずれも潮の満ち引きにより緩慢に風景が変わっていく場所だ。海とも陸地ともつかぬ両義的な領域への注視は、海に囲まれた日本の国土の曖昧な輪郭と時間の堆積を同時に浮かび上がらせている。

 広大な風景の中に釣り人や観光客、海藻採りに励む人々が点々と写り込んでいることがあるが、打ち寄せる波や岩礁のスケールに比して、仕事や遊びに勤しむ彼らの姿はあまりに小さく、儚げだ。自然が長い時間をかけて造形した波打ち際とそこに足を運ぶ人間とのコントラストが後者の生の短さや儚さを際立たせているからだ。水際に隣接する人間の居住地もまた、まるで砂上の楼閣のように脆弱で頼りなさげに見える。

 そのように思わされるのは、東日本大震災による津波の被害や写真が提示しようとしている時間軸の長さが関係しているからだろうが、笹岡が東日本大震災以前から陸と海とが重なる場所だけでなく、人為と自然とが重なるマージナルな領域のグラデーションに注視しながら山の稜線を海岸と連続するものとしてとらえていたことは強調しておきたい。海岸と山の稜線の並置や海岸の延長としての山岸をとらえたアングルによって、それらの山々が遠い過去や未来の渚である可能性が示唆されているのだ。あたかも現在のそれがかりそめのものであるとでも言わんばかりに。

 陸地は絶えず海に浸食され、風雨によって山肌から削られた土砂も河川などを通じて海に流れ込んで砂浜を形成する。そこでは寄せ来る波と寄り返す波が出合うだけでなく、人間と自然の営為が重なり、拮抗している。前者が後者を圧すれば、海岸線は海側に進み、逆に後者が前者を凌駕すれば、その境界も内側に押し戻される。こうした営みが古来より繰り返され、海の終わるところと山の終わるところの間には、次第に人間の居住地の多くが集まるようになったのだろう。

 笹岡がレンズを向けてきたのは、そのような境界で自然と折り合いをつけながら暮らしている人々の形象であり、その暮らしを規定してきた日本列島の地勢である。(次号に続く)

小原真史
東京工芸大学准教授。監督作品に『カメラになった男―写真家中平卓馬』。著書に『富士幻景―近代日本と富士の病』、共著に『森の探偵―無人カメラが捉えた日本の自然』などがある。

笹岡啓子(ささおか・けいこ)
1978年、広島県生まれ。「PARK CITY」(銀座ニコンサロン/2008年)、「Difference 3.11」(同/12年)、「日本の新進作家 vol.11 この世界とわたしのどこか」(東京都写真美術館/12年)、「種差 ―よみがえれ 浜の記憶」(青森県立美術館/13年)、「新・今日の作家展2017 キオクのかたち/キロクのかたち」(横浜市民ギャラリー/17年)ほか、個展・グループ展多数。10年に「日本写真協会賞」新人賞、12年にさがみはら写真賞新人奨励賞、14年に第23 回林忠彦賞を受賞。写真集に『PARK CITY』(インスクリプト/09年)、『Fishing』(KULA/12年)など。

笹岡啓子展「渚にて」
会期:2021年5月31日~6月12日(日曜休廊) 会場:表参道画廊+MUSÉE F 時間:12時~19時(最終日は17時まで)

ログインして続きを読む
続きを読みたい方は...

Recommended by logly
サイゾープレミアム

2022年6・7月号

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論

目指すはK-POP? ジャニーズ進化論
    • 音楽業界からの【賛辞と批判】
    • 【芸能プロ】的戦略が抱える2つの“矛盾”
    • 令和の【ジャニーズ・シングル】20選
    • 20年代のジャニーズ【ミュージックビデオ】

移ろいゆくウクライナ避難者

移ろいゆくウクライナ避難者
    • 移ろいゆく【ウクライナ】避難者

NEWS SOURCE

インタビュー

サイゾーパブリシティ