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神保哲生×宮台真司 「マル激 TALK ON DEMAND」 第39回

是枝裕和監督と考える"映画と娯楽"を超えた芸術 ドキュメンタリー番組の批評性【前編】

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(この記事は2010年2月に公開されたものです)

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──映画『誰も知らない』『歩いても歩いても』などの国際的評価により、 一躍その名を世界中に轟かせた映画監督の是枝裕和氏。だが、「映画監督と呼ばれるよりも、テレビディレクターと呼ばれるほうがしっくりくる」と、自らが口にするように、是枝氏の根源はテレビに置かれている。番組制作会社・テレビマンユニオンに参加し、多数のドキュメンタリー番組にかかわってきた同氏が、昨年公開され、話題となった『空気人形』と今後のテレビドキュメンタリー、そしてテレビジャーナリズムのあり方について語った。

【今月のゲスト】
是枝裕和(映画監督、テレビディレクター)


神保 今回は映画監督の是枝裕和さんをゲストに迎え、ドキュメンタリーの現状やテレビの今について議論を深めたいと思います。

宮台 若い人の大半は是枝さんを映画監督だと思っていますが、もともとテレビマンとして「テレビマンユニオン」でドキュメンタリーの仕事をされてきました。テレビマンユニオンは1970年にTBSを退職した方々がつくった日本初の独立系制作プロダクションで、そこに是枝さんがいるのが重要です。昔のTBSでは『ウルトラマン』シリーズや重要なドキュメンタリーがつくられ、小学生の僕はそれらの番組によって「社会とはこういうものなのか」と学びました。是枝さんの作品を見ると、昔のTBSの筆記体ロゴや「制作著作TBS」というキャプションが刻まれているように感じます。「僕の本質」が揺さぶられるんです。

神保 最新の「ドキュメンタリー映画」に、マイケル・ムーア監督がウォール街をテーマに描いた『キャピタリズム~マネーは踊る~』があります。彼の作品はこの番組でも度々取り上げてきましたが、本作はいかがでしたか?

宮台 僕は「プロパガンダ的手法を退ける」という立場を一貫しています。ところが最近の内外のマイケル・ムーア評には「そうした否定的評価が集中することを踏まえた上で、あえて肯定する」という批評が目立ちます。(映画評論家の)町山智浩さんも、このスタンスです。「芸術を呑気に鑑賞できる非政治的な座席なんてない。どのみち社会の政治的プレーヤーたらざるを得ないなら、プロパガンダを含めて政治的に有効な振る舞いをした奴が勝ち」との観点からは、この作品を肯定できます。でも僕はこの立場を取らない、というか、取れません。

 TBSを見て育ったからです。66年から放映された『ウルトラマン』は「悪が生まれるには必ず理由があり、初めから悪い奴なんていない」という描き方。68年から放映された『怪奇大作戦』は「戦争で傷付いた人々が、傷が癒えていないばかりに犯罪に走る」という設定だらけ。これを見て育った僕には、敵を全否定するプロパガンダは眠いんです。

是枝 僕も『キャピタリズム』がドキュメンタリーだとは思いません。しかしながら、やはり彼のような存在は必要だと思います。日本には権力に対峙する形のプロパガンダのつくり手すらあまりいない状況なので、彼のような人が出てくればおもしろいとずっと思っています。本人と会って会食をする機会があったのですが、非常にユーモアがあって熱い人だし、心からアメリカの状況を憂いていることも伝わってきます。日本に滞在した時も自腹で広島に行き、原爆ドームを見て、「時間があれば沖縄にも行きたい」と語っていました。そういう意味では非常にまっとうな人で、「『キャピタリズム』は経済の話だけれども、資本主義ではなく民主主義の話に見える」と感想を伝えたら、「その通りです」と言われて、彼の問題意識と映画としての仕上がりに納得がいきました。手法としての目新しさは感じませんでしたが、おもしろかったですよ。

神保 個人的には、ムーア監督の作品は、89年の『ロジャー&ミー』から見てきていることもあり、今回は作品としての切れ味が鈍くなっている感じがしたのが少し気になりました。途中で映像に引き込まれるようなところもなかったし、代名詞になっているノンアポ取材も07年の『シッコ』あたりからは単なるパフォーマンスになってしまった感が強くて、本気で挑んでいる感じがしませんでした。

是枝 それは本人も感じているのか、今度はフィクションをやると言っていましたね。

宮台 それがいい。ドキュメンタリーをつくる場合、社会に対して一定の距離を取ることが必要ですが、アメリカの社会はすでにマイケル・ムーア自身を織り込んで回る社会です。「ひどい国だが、ムーアみたいなイイ奴もいるアメリカ」という話じゃない。まさに「ムーアみたいなイイ奴もいながら回るアメリカ」をどう思うかが重大です。無名だった頃と違って今のムーアは、現在のアメリカそのものを象徴するアイコンです。彼はアメリカ的ゲームのプレイヤーそのもので、アメリカ的ゲームを観察する立場には到底立てません。

神保 是枝さんは逆に、今年はテレビでドキュメンタリーを撮ると宣言されているそうですが、なぜ今あえてテレビなのですか?

是枝 僕は映画においても、テレビの延長線上で撮っているつもりです。しかし、テレビドキュメンタリーとは違い、劇映画だとどうしてもテーマが撮影現場だけで自己完結してしまう印象があり、その先にある社会が見えなくなってくる。映画製作はどうしても大人数になることもあり、3~4人でもできるテレビドキュメンタリーのほうが、個人的な視点を突破口にして、撮影現場の外にも思考を開いていける、ということがあります。

神保 テレビ論に入る前に、昨年9月に公開された是枝監督の最新作『空気人形』を紹介しておきます。ダッチワイフが心を持ってしまう、というストーリーですが、宮台さんはどう感じましたか?

宮台 『空気人形』にも、かつてのTBS的なものを感じました。端的にいえば『ウルトラマン』みたいだと。「怪獣にも心がある」という目から鱗のフレームチェンジが、『空気人形』においてはダッチワイフで起こります。また、システムに乗れない存在を通じて「社会というもの」を反省させるのも同じです。『怪奇大作戦』で犯罪に走るのは、戦後のシステムに乗れない人でした。そうした人の視点を通じて、観客に自分たちが乗る「戦後社会というもの」を再帰的に観察させる。『空気人形』のダッチワイフも、システムに乗れない存在です。「かつてのTBS的なるもの」を想起させます。

是枝 自分自身も、宮台さんと同じような感覚でTBSの番組を捉えてきました。当時のテレビのあり方や、ある種の批評性のようなものが自分の中の原点になっているのは間違いありません。

宮台 『空気人形』のおもしろいのは、システムを原理主義的に批判しない点です。冒頭、夜のモノレールの車窓から眺めた走行中の車列から、カメラを緩やかにパンして、車内の主人公をとらえるシーン。都市的エロスを感じます。都市的エロスはやはり『ウルトラマン』に描かれていました。現代は人々を疎外するのに、現代自体がエロチックなのです。またダッチワイフは入れ替え可能な記号的存在ですが、心を持ってしまったから苦しい思いをする。でも翻ってみれば、僕ら自身の"生"そのもの。どうせ死んでしまうクセに、かけがえなき存在であろうとするからです。こうした照らし出しはジャクソン・ポロック以降のモダンアートそのものです。だから『空気人形』は、社会批判のメッセージより、奥にある"構え"が重要です。物質文明批判でも、入れ替え可能性批判でもない。肯定や批判という、社会的ゲームの構成要素――ムーア的プロパガンダ――から離れた、システムのクロックが合わない人が見た際に感じる「これが社会というものか」というフワッとした感覚。その中に都会的エロスと実存的苦しみという両義性がパッケージされるのが魅力的なんです。日本映画で珍しくなった方向です。

是枝 僕はこの映画で、自分なりのエロスをやりたかったんです。ビデオ屋の床でしぼんだ体に、好きな人間の息を吹きこまれる空気人形=ペ・ドゥナさんのエロティックな描写というのがひとつ。そして、東京という街は一般的には情感なくとらえられているかもしれないけれど、団地の階段や自転車置き場にさまざまなものを感じてきた世代として、都市の風景を情感豊かに撮りたいという思いがありました。

神保 人形が心を持つというパターンの作品は、『アンドリューN DR114』や『A.I.』などに代表されるように、心を持った人形やロボットが人間になろうとする話が多いと思います。本作の人形は人間になろうとせず、一方で心を持っているはずの人間のほうが、逆に心無い存在として描かれているとの印象を受けました。

中編はこちら

『空気人形』
3月26日DVD発売 発売・販売元 バンダイビジュアル 3990円(通常版)


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